第35章 約束
「わかりました。あとこれも渡しておきます。解毒剤と傷薬と痛み止めです。何かの時に役立てて下さい。」
何かことが起こる前に逃げろと言う宇髄さん。
もちろん無謀なことはできない。
わたしが此処で単独行動や無茶なことをしたら宇髄さんに迷惑がかかるからだ。
はじめての音柱 宇髄さんとの任務なのだ。
継子として戦果を上げることよりも彼の任務を邪魔しないことに徹するべきだ。
自分の強さは客観的に理解できてる。
呼吸の使い手である彼らに比べて、陰陽道しかない私が戦いの最中に急激に成長するなんてことはあり得ない。
ということは…戦いに入ればわたしは足手まといになることは目に見えてるのだ。
そうなれば私ができることは自ずと見えてくる。
私は薬師なのだから。
「…これはもらっておくけど…お前本当にわかってんの?」
「分かってますよ。無茶はしません。師匠の手を煩わせるような勝手な行動も致しません。」
「…ならいいけどよ。」
宇髄さんがそう言ったきり、二人の間に静寂が生まれる。
どちらとも何も発しない。
だけど存在を感じられる位置にいてどちらも離れようとしない。
「寝ろ」と言われたのだから早く行かなければ。
それなのに後ろ髪を引かれるのは彼とのこの時間が本当に嬉しかったから。
正直、本当にどうなるか分からないと思っている。
此処まで尻尾を出さないということは宇髄さんが当初言っていたことが当てはまる気がしたから。
──十二鬼月かもしれない
万が一、上弦ならば、私は本当にいの一番に殺されるかもしれない。
応戦できたとしてもものの数分のことだろう。
「…宇髄さん。」
「え…?」
「生きてまた…来年の春にみんなで桜の木を見に行きましょうね。おやすみなさい。」
「……桜…?」
宇髄さんは覚えてない。
知らないこと。
私と一緒に行ったことなんて。
でも、口に出せばまた行ける気がした。
"宇髄さん"なんて呼んだのもあの情交の時以来。ただ呼んでおきたかった。
どうなるか分からないから。
私も宇髄さんも。
鬼殺隊とはそういうもの。
今まではぼんやりとしていたけど、鮮明になってきた。
近づいてきたのだ。
"命の順序"を体現する日が。