第35章 約束
「人間、睡眠薬を飲んで眠ってしまいたい時あるじゃないですか。」
彼女から出た言葉に眉間に皺を寄せた。
それは彼女が何らか精神的に参っていたということで間違いないのではないかと思ったから。
また元恋人を想ってのことなのだと安易に考えが行き着くとそれ以上彼女の言葉を聴くのが嫌になった。
聴きたいと思ったり聴きたくないと思ったり、俺もブレブレな男だと思う。
(こんなことなかったはず…なんだけどな。)
隣にいたほの花に「そうか」とだけ返すと、立ち上がり太陽を見上げた。
鬼殺隊は夜に行動するからこうやって陽の光を浴びて行動することはどうしても少なくなる。
鬼でもないのに随分と地味な生活を強いられてる。
だが、いつかはこうやって毎日太陽の下で堂々とのんびり暮らしたいと思っている。
その時、隣にコイツはいてくれるのだろうか。
「…もう行け。寝ないといけねぇだろ。呼び止めて悪かったな。お前が対処方法を考えてるならそれでいい。」
結局、気になって仕方なかったのはほの花が男とまぐわってしまうのではないかということ。
それを回避する方法を持っているのであればもうあとは黙って見ているしかできない。
「はい。すみません。最後に師匠にお願いがあるのですがいいですか?」
「?何だよ。」
"お願い"だなんてほの花は滅多にしてこないのだから、少しだけ胸が躍るのを感じたが、その内容にすぐに靄つくことになる。
「私の部屋の押し入れに向こう半年間分ほどの産屋敷様の薬が保存してあります。蝶屋敷に持っていく分も。私が死んだらそれをしのぶさんに渡してほしいんです。」
「…は?…っ、そ、そんなこと…!」
「生きて帰るつもりですが、六人も行方不明になっているんです。ただで済むとも思っていません。」
分かってる
分かってるさ。
俺は…だからコイツをここに連れていきたくなかったんだ。
嫌だから。
コイツが死ぬなんてことが絶対に嫌だったからだ。
それなのに…ほの花は俺よりもずっと覚悟を持って此処にきていたのか?
「…そうなる前に絶対に逃げろ。いいな?」
苦笑いをしているほの花を見て、今すぐ此処から連れ帰ろうかとどれほど思ったか。
でも、結局俺は柱としての職務を優先させるしかないのだ。