第35章 約束
「薬師なのでまぐわう前に睡眠薬でも飲ませて対処するつもりでした。」
「…へ?」
「産屋敷様の屋敷からの帰りでしたので薬箱からありったけの薬を持ってきました。お茶に混ぜて飲ませることなんて造作もありません。」
茶に薬を混ぜる?
茶に…?
何だ、それは。
言ってることは分かる。
薬師だから薬の扱いには慣れているだろう。
睡眠薬を作ることも飲ませることも可能だろう。
だが、何故かよく分からないけど何かが引っかかる。
「…そういう、ことか。まぁ、それならまぐわい自体は回避できるが……お前…」
「え?何でしょう?」
「こんなこと…よくやってんのか?」
訳がわからないと言った顔で首を傾げるほの花。
でも、喉に引っかかった小骨が取れそうな変な感覚もあって言葉は止まらない。
「…こんなこと、とは?」
「薬を飲ませて誰かを眠らせたり、とか…」
一瞬、ほの花の心臓が跳ねたような気がした。耳を澄ませてもう一度聴こうとしても既に心音は元通りでそれは杞憂に終わった。
「いえ…?初めてなのですが、自分では最近睡眠薬を飲んだりしていましたし、調合の程度は分かるのでご安心を。」
そう言うほの花の顔は嘘をついているようには見えない。恐らく本心だろう。
喉に引っかかった小骨は引っかかったままで気持ち悪いが、薬師としていざという時は対処できると言うことだけは分かった。
それが分かっただけでも少し気が楽になる。
俺の嫁になる気はない。
その事実は納得できないが、今、此処でそんなことを話していても俺たちには任務がある。
どうすることもできないのだ。
しかしながら、ほの花が睡眠薬を飲んでいたことなど知らなかった。
眠れないことがあったのだろうか。
言う義務はない。
確かにないが、ほの花は俺に何も言わない。
だから記憶喪失以外のところでも知らないことが多すぎる。
「…睡眠薬なんて何で飲んだんだよ。」
「…眠れなかったからです。」
「不眠症かよ。」
「そうでは、ないですけど…」
口籠もるほの花に何か言いにくいことだと察したが、理由を知りたくなってしまった俺は彼女の言葉を待つことにした。