第35章 約束
定期報告会が終わったので善逸と京極屋に戻ろうとしたところ、徐に手を掴まれた。
その大きくて温かい手が誰のものなのかなんて考えなくても分かる。
「え、し、師匠?」
「…ちょっと話があるからお前は残れ。我妻、先に行け。」
「え…あ、…わ、わかりました。ほの花、あとでね。」
善逸は困惑しながらも宇髄さんにそう言われてしまえば従わざるを得ない。
彼は柱。上官なのだ。
こちらを気にしながら屋根から降りていくのを見送ると私は宇髄さんと向き合った。
「…何でしょうか?師匠。」
「まぁ、座れ。まだ時間はあんだろ?」
「…は、はぁ…、あります、けど…」
遊郭が再び活動し始めるのは夕方。
私たちが今からすることといえば寝ることくらい。
現在私は彼の奥様達と元護衛達を探すために絶賛潜入調査中だ。
だけど、好いてる人との時間は……不謹慎ながらに嬉しい。
二日ぶりとは言え、彼の顔を見られて、近くにいるだけで安心感に包まれてこの時間がずっと続けばいいのにと願ってしまうほど。
隣に腰を下ろして、話とは何のことだろうか?と思い始めた時、宇髄さんが口を開いた。
「…大丈夫か。」
「…え?」
それは何の"大丈夫"なのか?
ただ私の身を案じていることだけが伝わってくる。
「…え、えと…は、はい。体は元気です。」
「……何もされてねぇか。」
「あ、ああ…!蕨姫とはまだ接点がないので大丈夫です‼︎」
気に入らない人を虐め倒すと噂されている蕨姫という花魁。
まだ顔すら見たことないけど、詳しく口にする者は誰もいない。
みんな恐れ慄いているのだろうか。
しかし、私の答えはまた頓珍漢なものだったようで深い深いため息を吐いて肩を落とす宇髄さん。
その姿に、一昨日の教育係の人の言葉が甦る。
"勘が悪いねぇ。気の利く女じゃないと客はつかないんだ"
それと同じくして、宇髄さんですらガッカリさせてしまったのかと思うと悲しくなってきて、同じように下を向いた。
「…ったく、お前は本当に鈍い女だな。客に手出されてないかって聞いてんだ。この鈍ちんが。」
そう言うと私の額をビンッッと指で弾いてきた。
よく考えてほしい。
たかがそれだけでも柱で筋肉の化け物と善逸が揶揄するくらいの彼に額を弾かれれば痛みに悶え苦しむのは当たり前だ。