第35章 約束
仕方ない。
仕方ないとは思う。
俺は男だし、ほの花は女だし。
見た目も明らかにほの花のが綺麗なのは当たり前だ。
それでなくともほの花は美人で鬼殺隊の中でも有名なんだ。
音柱と恋仲の噂が広まっていたから手を出そうと言う人はいなかったけど、彼女を一目見ようとする男の隊士は多かったと思う。
別れたことはまだ少数の人しか知らない。
いや、箝口令が出されているわけでもないが、頑なにしのぶさんら柱の人も他言しないのでその噂が触れ回ることはなかった。
要するにまだあのおっさんとほの花は恋仲だと思われていると言うことだ。
ほの花はそんなことまで頭が回らないのか気付いてもいないけど。
そんな鬼殺隊随一の美貌を誇るほの花が遊郭に入ったとなれば、ここの遣手の人の目の色が変わったのをはっきりと見た。
全く相手にもされず、部屋に取り残された俺は恐らくこの数時間誰にも声をかけられずに放置されていた。
しかし、漸く気づいてくれた女の人にほの花と一緒に売られてきた奴だと言えば"それなら"と彼女がいるところに連れてきてくれたのだ。
やっとほの花に会える…!一人は心細いから嫌だった。
そう思って開けられた襖の先にいた女の人に俺は一瞬首を傾げてしまった。
え?ほの花…?
あれ、違う?
いや…ほの花、だよな?
耳を澄ませてみれば間違いなくほの花の音がしたので、ホッとして情けない声が出てしまった。
耳が良くなければ気がつかなかったかもしれない。それほどほの花は美しい遊女の姿になっていて一瞬誰だかわからないほどだったのだから。
(…こりゃ、あのおっさんが見たらまた怒り狂いそうだな)
明らかにほの花への想いが残っているあの人は俺たちに対しても独占欲丸出しのことをしてくる。
昔の記憶が残っていたのならば仕方ないと諦めるしかないと思っていたが、あのおっさんは少しずつ昔のことを思い出しているのではないかと思わざるを得ないことがある。
さっき此処に入る前、小さな声で言ったんだ。
『そばにいるって約束しただろ』って。
きっとそれは昔の記憶。
おっさんの中のほの花が少しずつ小さな穴から溢れ出している。そんな感覚だった。