第35章 約束
「……ふぅ…」
善逸が合わせて弾いてくれたそれは何とか歌い終えることができた。
教育係の人も廊下を歩いていた人も立ち止まってこちらを凝視している。
日本人には馴染みのない曲だからあまり好きではないかもしれない。
しかも、それを三味線で合わせたのだ。
やはりチグハグ感が受け入れられなくても仕方ないこと。
あまりの反応の無さに善逸と顔を見合わせて困惑した表情を向けていると、教育係の人が大きく頷いてくれた。
「…いいじゃないか。聴いたことのない曲だけどなかなか興味深い歌だった。」
「え…!本当ですか?!」
思わず善逸と手を取り合って笑い合えば、すっかり緊張の糸はとけたよう。
「ああ、練習する時は二人でこの部屋を使うといい。必ず一階のこの部屋でするんだ。いいね?二階の北側の部屋には近付かないように。」
「…??何故ですか?」
「…良いから返事は‼︎」
途端に辛辣な声を上げる教育係の女性に善逸と顔を見合わせて首を傾げるしかない。
北側の部屋には近付くな?
何かがあると言うこと?
それとも…何かがいると言うこと?
返事をしたのを確認すると私たちの部屋を準備してくれると言うことでその女性は出て行った。
立ち止まってこちらをみていた人たちもいつの間にかそこにはいなくなっていて、肩の力が一気に抜けたのが分かった。
「……はぁ……。」
「なななな何とか乗り切れた…よねぇええ?!」
「うん…善逸のおかげ…。ありがとう。」
「そんなの良いんだよ‼︎どうせ俺はほの花がいなかったら此処に潜入することすらできなかったのかもしれないんだから」
そう自分で言った言葉に悔しくなったのか"キィーーーッ"と着物の袖を噛んで引っ張る善逸。
その姿を見ると此処が潜入調査をしている京極屋であることを忘れてしまいそうだった。
「あはは…!そうだ、善逸。"蕨姫"って花魁の情報を集めた方がいいかも。」
「蕨姫?」
確証はないけど、皆こぞって蕨姫を"厄介者"として捉えているような気がしてならない。
遊女として使えないからではない。
そうでなければ私のことを"新しい稼ぎ頭"とは言わない。
その人に見つからない内に私を育てようとしているような気がしてならないのだ。