第35章 約束
「ちょいと教育するならこっちの子もついでに頼むよ」
そう言って善逸が背中を押されて前に歩み出た時に私は思わず彼に抱きついてしまった。
潜入調査を自ら志願したくせに、遊女としての覚悟が足らなかったのは明白。
心細かった気持ちが一気に膨れ上がって善逸にぶつけてしまうと、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「はぁ…仕方ないねぇ、あんた名前は?」
「ぜ、善子です…!」
「ほの花と一緒に売られた子だね?あんたは何ができるんだい?楽器でも弾けるんなら助かるけどねぇ。」
「ひ、弾けると思います‼︎」
え、善逸って楽器弾けるの?
ああ、でも…あれほど耳がいいんだ。私よりも遥かに上手く弾けるだろう。
「へぇ、そうかい。それならこの子の歌に合わせて弾いてやっておくれよ。」
「はい‼︎」
(……え、ほ、本気?!)
あまりに返事のいい善逸に私の方が気後れしたが、真っ直ぐにこちらを見る瞳に嘘偽りはない。
「大丈夫だよ」と言われているみたいにも感じた。
教育係の人が幾つか見繕って持ってきてくれた楽器の中から三味線を選ぶと私の後ろでそれを構える善逸。
一度もやったことないのにそんな上手くいくのかな。
(…どうしよう…。)
不安が顔に出ていたのだろうか。
それとも心臓の音が煩かった?
善逸が何度か頷いた後「ほの花、前に歌ってたやつは?」と言って、鼻歌でそれを歌ってくれた。
いくつかある自分の持ち歌の中でも、母が一番よく歌ってくれた曲。
歌詞はわからないけど曲名だけは知ってる
『歌の翼に』だ。
無意識に鼻歌で歌ってしまっていたり、洗濯や掃除をしている時ついつい歌ってしまうのはよくあること。
恋仲の時の宇髄さんもよく褒めてくれた曲。
壁の向こうから聴こえる歌声をよく聴いてるって言ってくれた時、恥ずかしかったけどすごく嬉しかったことを覚えている。
「…うん。」
きっと三味線とは合わないかもしれない歌だけど、善逸は耳がいいから絶妙に合わせてくれるだろう。
ううん。合わなくてもいい。
チグハグだっていい。
結局のところ、私たちにできることを必死にやるしかない。
其処にあるのはいつだって"想い"だけ。
私は善逸と目線を合わせてからいつものように歌詞を知らないその歌を歌い始めた。