第35章 約束
…とは言え芸事といえば、舞踊やらそう言うのだよね?
踊るのも好きだし、歌うことも好きだけど…。
絶対的にお品が違う。
私が全国津々浦々渡り歩いていたのは道端で歌って、其れに対する対価をもらう大道芸人のような括りに近いし、"芸事"とは程遠い。
楽器も弾けなくはないけど、うちは母が異国出身なので家にあった楽器といえばバイオリンくらい。
そんなもの此処にないだろうし、和楽器の琴や三味線と言った類は全くの素人。
となれば……
「あの、歌とか…って芸事に含まれますでしょうか…?」
「歌ぁ?歌えんのかい?」
「え、えと…、以前に歌を歌って全国を転々としていたことがありまして…。ただ…由緒正しい歌というわけではない、です。」
そう、私のは旋律を口ずさむだけの歌詞がない歌。いや、正確には歌詞がわからない。
母の母国の歌の数々らしいのだけど、元々歌詞はあるらしいのだが、母もうろ覚えだからといって旋律だけ教えてくれたのだ。
母が教えてくれた手遊びにはもちろん歌詞はある。ただそれには分からないように薬の調合の内容が含まれていたりして何だか人前で歌うのは…違う気がするし。
「…はぁ…、まぁ、とりあえず歌ってみな。」
「え、え、こ、此処でですか?」
其処は開け放たれた一つの部屋。
廊下には行き交う人がいて、歌えばこちらに注目が来るのは必至。
(……は、はずかし…)
外で歌っていた時は正宗達がいてくれたし、盛り上げてくれたからよかったけど、此処はそうではない。
しかも、いつもよりもたくさんの布に包まれていて動きにくい。
「何だい、此処で歌えなきゃお客の前で歌えないだろう?」
「そ、そうですよね…。」
その時だった。
「ちょっといいかい」と別の女性が入ってきたのは。
いよいよ覚悟を決めなければと思ったところだったので驚いたが、その人の後ろに見えた黄頭に顔が緩むのがわかった。
「…ぜ、善子…!」
「ほの花〜‼︎」
先ほど引き離されてから数時間離れていただけだと言うのにもう何日も生き別れていたかのように感じた。
でも、彼の顔を見ただけでホッと一息をつけたのは間違いなかった。