第35章 約束
着替えを終えると一人の女性が教育係として遊女の嗜みを教えてくれることになった。
遊女と言うのは意外にやることが多い。
所作や身だしなみを整えるのはもちろんのこと。
人と話す仕事なわけだから教養も必要らしい。
確かに私は薬師としての知識はあるけど、人と話すのが上手いとはお世辞にも言えない。
どちらかと言えば自分で話すよりも聞いている方が楽だ。
しかし、話を聞けば聞くほど遊女と言うのは聞き役に徹しているだけでも駄目らしい。
"聞き上手は話し上手"
要するに私のようにただ聞いてるだけでは駄目で、そこから話を膨らませて相手に気持ち良くお喋りをしてもらうことが求められるらしい。
「…ひぃー…」
思わず声が出た。
話すだけでそんなことまで考えて話さなければならないなんて正直骨が折れる。
いや、しかし…それが遊女のたしなみと言うことならばやらねばならない。
本来、私は口達者でもないし、男性に気の利いたことを言えるような性格ではない。
「あんた、何か得意なことあるかい?」
「え…?」
薬の調合…だなんて口が裂けても言えないし、其れ以外の私の得意なこと?
何か秀でたことなど他に思い浮かばない。
薬関係以外、薬関係以外、薬関係以外…
ここ数ヶ月其れ以外のことで頑張ってきたことなんて鍛錬以外に思い浮かばない。
薬草を摘むのが早いことくらいなら誇れるかもしれないが、そんなこと遊女に求められていないだろう。
「お、….お花摘みでしょうか。」
「……はぁ?」
苦肉の策で捻り出した答えが予想外過ぎることだったのか目の前の教育係の女性が変な顔をしてこちらを見下ろした。
「…は、花冠とか!手早く作れます…!」
「はぁ…あんた顔はいいのに勘が悪いねぇ。気の利く女にならないと客はつかないんだから頼むよ。芸事はなんか嗜んでるのかいって聞いたんだ。」
あ、ああ…そういうことか。
きっと今ここに宇髄さんがいたら頭を抱えているに違いない。
勘が悪いのは宇髄さんからも似たようなことを言われていたから何となく分かっていた。
ただ其れだと"客がつかない"
要するに男性はいろんなことを"察してくれる"女性を好むということだ。
(…そう考えたら宇髄さん、何で私を選んだんだろう?)
今更聞けやしないが、宇髄さんの懐の深さだけが分かった気がした。