第35章 約束
そこに映っていたのは私であって私ではない。
ほの花と呼ばれて返事をしていいものなのかも一瞬考えてしまうほど。
「…ひゃあ、誰なんだかわからないや」
女は化粧で化けるとはよく言ったものだが、自分は半分は異国の血が入っているのだから本当はバッチリとした化粧はあまり好きじゃない。
ただでさえ異国かぶれの顔をしているのに余計に周りから好奇の目でみられるから。
だからいつだって目立たないようにしてきたと言うのに。
流石に此処までバッチリな化粧をしてしまえば宇髄さんが隣にいてくれても悪目立ちしてしまう。
まぁ、もう隣で並んで歩くなんてことはないかもしれないけど。
ほんの数分間、自分の顔を見て何度ため息を吐いたやらわからないが、ドドドドッと言う足音が聴こえてきたかと思うと、勢いよくスパン─と襖が開けられた。
もちろん其処にいるのは知らない男の人だけども、私の前まで来ると品定めするかのようにじろじろと見つめられる。
見た目はただのおじさんだけど、旦那様とやらを呼びに行ったところを見ると、この人がそうなのだろう。
小さな足音が聴こえたのでチラッと襖を見れば先ほどの女性達が再び勢揃いしていた。
これは品評会なのか。
自分は商品として売られたのだからある程度は仕方ないが、見られることに慣れてない私は下を向くことしかできない。
すると顎を掴まれてグイッと上を向けられ、漸くその男性が口を開いた。
「こいつぁ、上玉じゃねぇか。」
「そうだろう?私の目に狂いはないよ。」
「ただし、蕨姫にみつからないようにしろ。いいな。」
「勿論だよ。折角の新しい稼ぎ頭だ。大事にしないとねぇ。」
───蕨姫
また出た。
一体どんな人なのだ?
正直やり取りを客観的に見るだけだと疎まれているような…そんな存在に見える。
しかし、先ほど蕨姫も花魁だというような発言もあったし、恐らく此処の稼ぎ頭は蕨姫なのだろう。
ただ…この店の人にはあまり気に入られていないと言うこと?
そう言うことならば彼らの意に沿ってこのまま遊女として潜入を続けた方が良さそうだ。
私はそのまま一度も口を挟まず彼らの話に食い入るように耳を傾けた。