第35章 約束
「ちっ、分かったよ。捨てないからさっさとしな。其れは持ってればいいから」
持っていかれそうになった物を身を呈して守っていたら一人の人がそう言ってくれた。
恐る恐る体を起こすと手の中にもらった物を収めた。
壊れないようにそぅっと。
「…ありがとう、ございます。」
「その代わり言うことは聞いてもらうよ。」
「は、はい‼︎頑張ります‼︎」
言い終わるや否やすぐさま、体を引っ張られて鏡の前で立たされる。
煌びやかな着物に袖を通すが、あまりの重さによろけてしまう。遊女と言うのはなかなか大変な職業のようだ。
軽さを重視した服装しか着たことがないし、着物だってこんな装飾が施されている上等な物は殆どない。
帯を留めて、今度は鏡の前に座らされると髪を結われていく。
鏡越しに見る私はどんどんと別人のようになっていくので面白くて食い入るように見てしまった。
宇髄さんは…ひょっとして私だってわからないんじゃないかな…?
そんな気持ちになるほど別人の私に自分のことなのに他人事のように鏡を見つめた。
「…いいじゃないか。ねぇ?」
「ええ、とっても綺麗だわ。」
「紅をひきましょうか。ほの花、少し上を向いて。」
どうやらそろそろこの身支度も終わりらしい。
此処までくるのに小一時間はかかったのではないか。
何なら少し眠くなってきてしまった。
鍛錬をするために朝が早いのだから仕方ないと思うけど、漸く解放されるかと思うと心が躍る。
唇に筆の感覚がしたかと思うと、香の匂いがした。嫌いなわけではないけど化粧品の匂いは独特で得意ではない。
覗き込まれるように見られているのが自分の顔でなければ良かったのに。
あまりに凝視されていることに私はどうしたものか…とため息を吐く。
「…最上品をもらったわ。しかもタダで。」
「これで京極屋も安泰だわね?鯉夏花魁にも負けてないわ。」
「そうだねぇ、旦那様を呼んでくるわ。こりゃあ、忙しくなるねぇ!」
一度も会話に入れてもらえることはなく、私の周りからはひとり、またひとりと満足そうな顔で離れていく。
漸く訪れた一人の時間。
部屋で一人残された私は鏡に映る自分の姿に口を開け広げたまま暫く茫然としてしまった。
(…だれ?)