第35章 約束
「ちょ、っ、と‼︎ほの花、いいの?おっさん怒ってたよ?」
「いいの。そもそも継子なのに第一選択にしてもらえないなんて腹立つじゃない。」
もう既に店の中に入っているから宇髄さんの姿は見えないはずなのに善子は背後をそわそわと確認している。
結局、連れて帰られたとしても怒られるのは目に見えてる。潜入できたということはとりあえずは役に立つ機会を得たということ。
これで役に立てればもう少し私を見る目が変わるかもしれない。宇髄さんが私との残った記憶で苦しんでいるならば、一度離れてみることで残った記憶が風化されるやもしれない。
離れる気はないけども、宇髄さんと物理的距離を置くことで彼の中の私を追い出せるのであればその方がいい。
近くにいるから私のことが嫌でも目に入ってしまう。
忘れ薬は強固なもの。
思い出すことはないとは思うけど、体に残った記憶だけはどうすることもできない。
「…て、定期連絡の時に、死ぬほど怒られるんじゃ……⁉︎」
「その時はその時だよ。」
「…だ、だ、だって…‼︎めちゃくちゃ怒りの音がしてたよ…⁈大丈夫、かな⁈」
ああ、そうか。
善子は耳がいいからそんなところでも宇髄さんの感情を諸に受けていたのか。
そう考えると申し訳ないことをした。
「…善子…」
「それに…そばにいるって約束したんじゃないの?」
「え?…なんで、それ…。」
確かに記憶を失う前に宇髄さんとそう約束した。
それは間違いないけど、善子にそんなこと言っただろうか?
「…いや、そんな気がしただけ‼︎ごめん…‼︎部外者なのに口出して…‼︎」
話を聞こうとしたら今度は頑なに"自分の勝手な思い込み"だと言って曖昧に笑うだけ。
何故急にそんなことを言ったのかは分からないけど、善子の顔が何故だか寂しそうでそれ以上私も突っ込むことはできなかった。
すると、バタバタと何名かの足音が聴こえてきたので私も善子も襖を見つめる。
「あ、あんた!ほの花だったね?ちょっとこっちに来な。もっとちゃんと化粧してやろう。」
「え?!え、あ、ぜ、善子…!」
「そっちの子は此処で待ってな。」
スパン─と開けられた襖から入ってきたのはこの店の人だろう。
何名かの女性達に手を引っ張られて私だけ部屋を出る羽目になった。