第35章 約束
上手くいっていたというのに。
あと少しだったのに。
本当に思い通りにならない女だ。
こんな女に此処まで振り回されるなんて柱として情けない限りだ。
それなのにほの花はいつだって俺の一歩先を羽が生えたようにふわりと飛んでいく。
継子なのに掴みどころがなくて、どこか物悲しい雰囲気に息を呑むほど美しいと感じることもある。
手元に置いておきたいといくら願ってもそれを望まないほの花と此処まで相容れないなんて悔しさで震えてくる。
「旦那、じゃあこの二人もらっておくよ。良い子連れてきてくれてありがとよ。」
「あ、いや…」
間違ってない。
ほの花は継子として潜入しようとしてくれている。
俺の嫁達を探す手伝いをしようとしてくれてるんだ。
分かってる
分かってるけど…。
(…行くな…って言える立場になるにはどうしたらいい?)
お前との間には見えない壁がある。
その透明な壁はお前のことはしっかりと見えるのに、抱いても心は手に入らないことを簡単に露呈させた。
(行くな、行くなよ…。頼む。此処にいてくれ。)
此処で手放したらもう二度とほの花と会えない気がした。
振り向いた彼女はにこりと笑っていたけど、その口元がやはり夢に出てくるあの女に似ている。
ほの花、お前は誰で、俺の何なんだ?
嫁のことは大切だ。
助けたいし、助けるためには情報が必要だ。
ほの花も同じように思ってくれてるから潜入調査に名乗りを上げたんだろう。
ほの花の艶やかな栗色の髪と善子の黄頭が京極屋の中に消えていくのを立ち尽くしてみることしかできない。
「……行くなって…ほの花。」
それはほの花には届かないだろう。
分かっているけど言いたかった
「…そばにいるって約束しただろ?」
いつした?
そんな約束はした覚えがない。
それでも約束したような気がしたんだ。
そんな約束をするような間柄ではないはずなのにほの花のことを思うと心が勝手に動いてしまう。
ほの花のことを考えると胸が熱く滾る。
頭の中が沸騰するかのような激しい感情が身体中を蔓延る。
かつて俺はこんなに感情を制御できないことがあっただろうか?
そう己に問いかけてみた。
答えは否。
ほの花だけが俺を狂わせる女。