第35章 約束
伊之助改"猪子"まで売れてしまった今、残っているのは善逸改"善子"と私だけ。
宇髄さんの"絶対前に出てくんなよ"という強い圧を感じるけど、此処で引いたら女が廃るってもんよ‼︎
「はぁ〜、売れっかなぁ…。お前、頼むぜ、ほんと。」
「そんな事言われましてもねぇ‼︎俺は男なんですよ‼︎」
「ばっ!?テメェ‼︎デケェ声で言うんじゃねぇよ‼︎」
善子に向かい、再び鉄拳を喰らわせる宇髄さんだけど、私の腕は逃げ出さないようにガッチリと掴んでいて、身動きも取れない。
どう足掻いても私を逃さないつもりなんだ。
そして…潜入捜査はさせない気なんだ。
でも、こんなやり方はかなり腹立たしい。
彼は知らないことだけど、私は記憶を消して一番したかったことは彼の足枷にならないと言う事。此処でおめおめと宇髄さんに守られながら帰るならばこのツラい日常は何だったのだ。
(…絶対、此処に残る。)
強い意志を宿して京極屋の前まで来ると、宇髄さんは遣手さんという女性の人に声をかける。
「京極屋さん、この子どうですかね?」
「………これは、また…随分と…。」
「そこを何とかお願いしますよ〜」
ごまを擦り出した宇髄さんの手をギュゥっと抓ってやれば握られていたそれが漸く離された。
「っ、な…!」
驚いて後ろを振り向いた宇髄さんだけど、善子ちゃんの横に猛烈な速度で並ぶとその女性に向かって笑顔を向けた。
「あの…!二人でもらってもらえませんか?お願いします…!」
「は、ちょ…おい!きょ、京極屋さん、違うんだ。コイツは売りモンじゃなくてよ…。」
必死に私の手を引っ張る宇髄さんだけど、それを振り払うと目の前の女性に懇願の視線を向けた。
「ちょっとちょっと〜!こーんな良い子を隠し持っていたなら隣の子も一緒にもらうよ。いくらだい?いくらでも出すよ。」
「…い、いや…だから…!」
「タダでいいです〜!女将さん、もらってください〜‼︎」
宇髄さんがお金目当てで売ってるわけではないのはわかりきっていたこと。
だからタダで売られたとしても何の問題もない。
それにタダより安いものはない。
厄介ごとが二人になったとしてもお店としては雑用係が増えるのならば困らないはずなのだ。