第35章 約束
「ほんとに駄目だな、お前らは。二束三文でしか売れねぇじゃねぇか。」
おっさんがこちらを向いて苦言を呈してくるけど、その背後には不満げな音を立てながら口を尖らせるほの花の姿。
あからさまにほの花を店の人に見せようとしないおっさんのその姿は自分の恋人を独占したい表れのようなものではないか。
昔の記憶が体に残っているのかもしれないと思ったけど、それだけではないのかも。
それならば咄嗟に出てしまうものなのだから瞬時に解決できる。
でも、今はどうだろうか。
ほの花の手をがっちりと掴んで、男の目に触れそうならば背中に隠し、視界に入ってしまえばこれ見よがしに腰を抱く始末。
(…これのどこが師匠と継子なんだよ。)
しかしながら、ほの花は不満ばかりが溜まっているようで「ねぇ、師匠ー!」と何度も声をかけているのにおっさんは無視だ。
恐らくこのままほの花を連れて帰るつもりなのだろう。
ほの花を思うと不憫だけど、おっさんの気持ちも分からなくもない。
今の彼女と言えば、誰が見ても振り返るほどの美しさ。
無自覚だから仕方ないとは言え、お世辞でもなんでもなく恐らく遊郭に入れば花魁になれてしまうのではないか。
だからこそ余計におっさんが心配するのも無理はないのだ。
きっと元々記憶を消していなければこの人はほの花のことをもっともっと溺愛していたのだろうな。
まぁそうは言っても任務なのだから此処まではっきり差別するのはほの花が可哀想だ。
彼女だって戦えるのを知っている。
これでは信頼してないと思われても仕方ない。
だが、俺が気に入らないのはそれだけではない。
「俺、アンタとは口聞かないんで…」
ハァ〜とため息を吐きながらもそちらを全く見ないで文句を垂れてやる。
「女装させたからキレてんのか。何でも言うこと聞くって言っただろうが」
そんなことじゃねぇ。
コイツ、筋肉の化け物でほの花を傷つけた酷い男だと思っていたし、さぞかしモテねぇんだと思いきや、髪を下ろして普通にすればめちゃくちゃ男前。
隣にほの花が並んでしまえば、「はい、美男美女の出来上がり」だ。
それが本当に腹が立って仕方ないのだ。