第34章 世界で一番大切な"師匠"※
ほの花は結局、湯浴みを準備したら寝るのかと思いきや、出て来てから俺が寝るまで甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
最後、任務に向かう嫁達に俺の世話を頼むと言われたからだろうか。
「師匠!白湯をお持ちしました〜!これを飲んでから寝てください。湯呑みは部屋に置いたままで結構です。明日片付けます。」
「ちょ、ちょっと待て。」
だから深々とお辞儀をして出て行こうとしたほの花を呼び止めたのはほんの出来心。
何の用事もない。
何の話もない。
しかし、淡々と世話を焼いて来れたと言うのに終わったらとっとと部屋に戻ろうとするほの花とたまには少し話したかった…?
いや、話してはいた。
二人しかいないのだから話す相手といえばほの花だけだから。
それなのに何の話をするというのだ。
そこまで考えると聞きたいことはやはりひとつだけ。
俺が気になることはそれしかないのだ。
「はい?何でしょうか?」
白湯を乗せて持ってきたお盆を小脇に抱えたままこちらを振り向いたほの花をそのままに言葉を続けた。
「…まだ忘れられねぇの?」
ほの花の恋人の話だ。
詩乃は吹っ切れたと言っていた。
もちろん詩乃の方が長い期間、苦しんでいたのかもしれないし、同じ物差しでは測れないだろう。
ほの花の恋人が死んだのは割とつい最近のようだし、忘れられないと言われれば無理はない。
主語を入れずに聞いてしまったが、何のことなのかすぐにわかったようで少しだけ顔が曇ったほの花。
それを見てしまえば"忘れられない"というのは間違いないのだろう。
「…そう、ですね。忘れられない、ですし、忘れるつもりはありません。」
そうハッキリと言うほの花に揺るぎない信念のようなものを感じた。
しかし、俺からしたらそんなものは邪魔とすら感じた。
何故忘れない。
忘れたらいいだろう?
過去の男のことなんて。
「…遊郭でよ、お前みたいな奴がいた。」
「…え?」
「恋人を病で亡くして、薬や治療の借金のために遊郭に売られた女。」
何故そんな話をしようと思ったのか。
お前みたいな奴と言ってしまったが、俺がほの花に知らしめたかったのはそいつが吹っ切れたという事実だけだ。