第34章 世界で一番大切な"師匠"※
薬膳茶など今まで飲んだことはない、筈だ。
決まって茶の準備をするのは嫁達の誰かだし、ほの花は余計なことをしない。
頼まれれば茶の準備をすることはあってもそれはいつも普通の茶葉だった。
こんな変な色の茶を飲まされたことなど、ない筈だ。
いや、あった、か?
覚えていないだけであったのかもしれない。俺は記憶がないのだ。
その間に、あったのならば知らなくても肯ける。
だけど、引っ掛かっているのはそんな平和な記憶じゃない。
何か飲んではいけないものを飲んでしまった。そんな気がするのだ。
その時のものと目の前の茶は違うとわかる。
ただし、確実に引っ掛かっているのはそれを飲んだために問題が起きた…?ような気がしていることだ。
気のせいか?気のせいかもしれない。
だけど、その茶を一口飲むと考えは途端に吹っ飛んでしまった。
「…に、っげぇ…!」
あまりにそれが苦かったから。
やはり気のせいだ。
こんな苦い薬膳茶なら覚えている筈だ。
飲んではいけないと思ったのはきっとこれが苦いと直感的に感じたからだろう。
「…アイツ、薬膳茶とか言いながら、日頃の恨みを晴らしてんじゃねぇだろうな…?」
強くするためとは言え、馬鹿みたいにキツい鍛錬を与え続けている俺に少なからず恨みでもあるんじゃないかと思うほど苦いそれに顔を引き攣らせた。
しかし、その後食べたおにぎりと味噌汁はいつも通りめちゃくちゃ美味くて、首を傾げた。
ほの花の飯は美味い。
それはお世辞でも何でも無く。
美味いしもっと食いたいと思って来たが、忙しいほの花に頼むことなどできないし、嫁がいるのにそれを差し置いてほの花に頼むなど流石に失礼すぎる。
女の扱い方は手慣れている方だと思う。
その辺の女心は他の男達よりも遥かに分かっていると自負している。
だからこそ敢えて言わなかったし、言えなかった。
ほの花に無理させてしまったら…と考えるとそれはそれで俺の中で不本意だと感じていたからだ。
一人で食べるほの花の飯も変わらず美味い。
でも、隣で笑ってるアイツを見ながら食べることに信じられないほどの充足感を得ているなんて誰にも言えない。