第34章 世界で一番大切な"師匠"※
「夜食って…。別にンなもんいいから寝てりゃ良かったのによ。」
「いりませんか?おにぎりとお味噌汁だけですが、先程作ったんです。いかがですか?」
「…まぁ、それならもらうけど。」
ほの花の作ったものならば食べたいと思ってしまうし、実際夕飯を食べ損ねたのは間違いなかったので正直助かったとも言える。
"食べる"と言えば嬉しそうに台所に駆けていくほの花の背中を見送ると自室に入った。
体に付けていた武器や装飾品を外していくと、身軽になっていく体から緊張感が抜けていく。
家に帰ってくるとホッと一息つけるのはありがたい。
束ねてある髪も解くと解放感から大きく背中をのけぞらせた。
すると、ぱたぱたとほの花の足音が聴こえてきたかと思うと部屋の前で止まり「師匠〜!」と声をかけてきた。
「ああ、入れ。」
あの日、同期達と鰻を食べに行った日、あとをつけて行ったらアイツは俺のことを「宇髄さん」と呼んでいた。
俺の前では名前どころか苗字すら呼ばないほの花。
ひたすら俺の呼び名は"師匠"一択。
それが不満に感じてしまうのは、アイツらのことは名前で呼び捨てにしているからだ。
同期で年齢が下の奴らを前にして、敬称を付けるのもおかしなこたかもしれないが、自分のことは名前すら読んでくれないことに違和感と不満が溜まった。
その不満をほの花にぶつけたことがあるにもかかわらず、頑なにアイツは「師匠」と呼ぶ。
今も尚そう。
入ってきたアイツは笑顔だったが、それは"師匠"の俺に向けられた笑顔。
「ああ、悪ぃな。」
「はい!どうぞ!湯浴みされますよね?今お湯を沸かして来ますのでゆっくり召し上がってください。」
持って来てくれたお盆の上にはちょうどいい大きさのおにぎりが2つとお椀に具沢山の熱々の味噌汁。そして変な色の茶が添えてある。
「何だ、この変な色の茶は」
「え、ああ!薬膳茶です!夜にたくさん食べてしまうと胃の動きを阻害するといけないので。苦いので最後に飲んでくださいね〜。」
そう言って部屋を出て行ってしまったほの花。
湯呑みに入った変な茶を見ると不思議な感覚に襲われた。
これはただの茶だろう。
しかし、俺は以前、飲んではいけないものを飲んだ気がしたのだ。