第34章 世界で一番大切な"師匠"※
宇髄さんの屋敷に着く頃には陽がだいぶ暮れていて物悲しい夕焼けが道を照らしていた。
すっかり薬箱は軽くなってしまっていて、今日は今から薬を作らないと在庫も切れてしまう。
玄関の引き戸を開けて「ただいま戻りました〜」と言うと、いつも奥様たちの明るい声が聴こえてくる。
それなのに今日は聴こえてこない。
その代わり今の襖が開いてそこから顔を覗かせて人とばっちり目が合った。
「おかえり。」
「え…、あ!師匠!お戻りでしたか。おかえりなさいませ!」
「ああ、お前も来い。ちょうど話をしていたところだ。」
「…話…ですか?」
物々しい雰囲気の彼にごくりと生唾を飲む。
先ほど愼寿郎さん相手にあれほど本音を曝け出してきたと言うのに、宇髄さん相手だと緊張してしまう。
久しぶりに会ったと言うのに再会を喜ぶことも出来ないまま居間に入るように促される。
そこには奥様たち三人と正宗たちまで勢揃いしていて柱合会議を思わせるほどの緊張感を感じさせた。
いつもの席に座ると宇髄さんもまた私の隣に腰を下ろす。
それはいつもの光景。
何も変わらない宇髄家の日常だ。
「…俺が遊郭で潜入調査をしてたのはお前に言ってあってよな?」
「え…、は、はい。存じております。お疲れ様でした。」
考えないようにしていても遊郭に潜入調査をしたと本人の口から聞いてしまうと無意識に遊女の方との交わりを想像してしまい、唇を噛み締めた。
でも、その顔はあまり芳しくない。
潜入調査の戦果はあまりなかったと言うことか。
「結局、鬼の情報は全く得られなかった。だから今度はコイツらに遊郭に遊女として潜入してもらうことにした。」
その言葉にわたしは目を見開いた。
鬼の情報を得られなかったのであれば次の作戦を考えるのは普通だ。
でも…
「…え、お、奥様たち…三人が、ですか?」
「ああ。怪しいと思っているのは三件の店だ。ちょうど三人だからな。コイツらはくのいちだし、隠密行動は慣れてる。」
宇髄さんが彼女たちを信頼しているのは分かる。
だとしても自分の妻を鬼の棲む遊郭に送り出すことなどしたくない筈だ。
「…わ、私ではだめなのですか?!」
納得したように微笑んでいる三人の奥様を横目に見ながら私は声を上げた。