第34章 世界で一番大切な"師匠"※
宇髄さんが此処に来て愼寿郎さんに私のことを話してくれていたなんて初耳だった。
煉獄さんとは割と仲がいいことは知っていたけど、お父様とも話すことがあったのか。
記憶を消したことを伝えたら物凄く怒られそうだな。
しかし、だからと言って最初から協力を募ったところで難しかっただろう。
「杏寿郎様から風邪薬と千寿郎さんの傷薬も処方を頼まれていますので、一緒に作っておきますね。」
「あんたとの惚気を何度も何度も聴かされてきたのに、此処最近はパタリと来なくなった。別れたのか。」
「…何を言っているかわかりませんが、私たちは最初から男女の関係ではありません。」
「ふざけた戯れで俺に何度も惚気を言いに来る音柱は何の意図があったんだろうな?」
「…さぁ?」と答えるのが精一杯だ。
射抜くような視線が恐ろしく感じると、目線を薬に向けたままにして、感情を悟られないようにするのに必死だ。
「…少なくともアイツはあんたを心から愛してたんだろ?なかったことにしてやるな。」
「…っ?!」
言ってない。誰も言ってないはずなのに、何故?
なかったことにしてやるな、とは?
「…無かったことにした経緯は知らんが、薬師としての幸せか女としての幸せを天秤にかける必要はねぇよ。」
どうやら忘れ薬のことまでは勘付いていない様子だが、私が彼を"なかったことにしている"のはバレている様子だ。
それほどまでに宇髄さんは何度も私のことを話してくれていたのだろう。
「…何故ですか?今後のために参考にさせて下さい。」
「惚れた女を幸せにするのが男の喜びだからだ。あんたがそれを受け入れるだけの話だろ?」
「……なるほど。奥様たちに伝えます。」
「…逃げるなよ。自分の気持ちから。」
居心地が悪かった。
愼寿郎さんが何もかもを見透かしていそうで怖かった。
「アイツが好きなのはお前だろ。」
「それは前までの話です。今は違います。」
「何故?」
「……私が、彼に忘れ薬を飲ませたからです。」
言うつもりなんてなかった。
だけど、これ以上嘘を重ねても堂々巡りになるとわかっていた。
誘導尋問のような会話に私の口からポロリと真実がこぼれ落ちると、眉間に皺を寄せる愼寿郎さんが視界に入った。