第34章 世界で一番大切な"師匠"※
(…潮時だな。)
数週間ほど通ってみたが、やはりこのままダラダラと潜入していても客相手に尻尾は出さないだろう。
残念だが、詩乃とも此処までだ。
色恋に発展することはできない。身請けという話になってしまえばそれこそ嫁たちに申し訳がない。
潜入調査で何をしてきたのだと言う話だ。
しかも未だに俺の下半身は不能のまま。
このまま最後に思い出で抱きたくても抱けやしないのだ。
「…詩乃。残念だが、私は君を抱くことはしない。君は未来ある女子だ。自分の体を大切にするんだ。」
「…っ、秋元様…!私、秋元様を…お、お慕い…」
「前に…私の部下のことを想い人かと聞かれたことがあったね。」
ほの花のことを話した時、優しい目をしていたから想い人なのかと聞かれたのは此処に初めて来た時のこと。
「…ただの部下だ。それは間違いない。だけど、その女子は元恋人を悶々とするほどまだ想っている。」
こんな時でも思い出してしまうのはほの花。
「…どれほど美しい容姿をしていても想い人がいなければ前には進めない。君はやっと前に進めるんだ。借金を返したら此処を出て普通の生活をしなさい。」
「…もう会えない、んですか?」
「君と話せて楽しかったよ。今日は余分にお金を渡しておく。」
悲しそうな顔を向けてくる詩乃に手切金のつもりではないが、協力してもらった礼に余分に金を渡そうとは思っていた。
しかし、見る見るうちに瞳に涙を溜める詩乃に申し訳なくて立ち上がった。
外に出るために扉に向かうと詩乃が俺の足に縋りついてきた。
「っ、お金なんて、要りません…!また、会いに来て…っ!くださっ、い…!」
女に惚れられて悪い気はしないと言うことが多いと言うのに今回ばかりはかなり居心地が悪い。
「…詩乃。君はまだ志半ばだ。私もそうなんだ。だから此処で君の想いを受け入れるわけにはいかない。すまない。」
「…秋元様…!お慕い、しております…!」
「…ありがとう。私のことは失礼な客だと思って忘れてくれ。」
女を抱きたくて此処に来る男が多い中、遊女に抱いてくれとせがまれるなんて光栄だ。
だけど、
いつだって
頭の中にいる女が邪魔をする。
頭に巣食ったコイツを追い出さない限り、俺は嫁たちとすら平穏な生活は送れないだろう。