第34章 世界で一番大切な"師匠"※
結局、俺はときと屋に続き、萩本屋、京極屋でも同じ手法を取るしか出来ず悶々とした潜入をする羽目になった。
数日、潜入したがちっとも尻尾を出さない上に遊女からも有益な情報を得られなくて日に日にため息は濃くなっていく。
「秋元様…?どうかされましたか?わたしの話はつまらなかったでしょうか。」
「え…?いえ、そんなことありません。すみません。ボーッとしていた。」
「お疲れでしたらお休みになりますか?膝を貸しましょう。」
「ああ、それは良い。至福の時間だな。」
今日も特に情報はなさそうで、詩乃の話からも特に変わったことがなかったので時間まで無駄話をするだけだと思っていた。しかし、だいぶ打ち解けてきたことで言葉も崩すようになったことは大きな進歩だ。
詩乃からの願ってもいない申し出に差し出された膝に頭を乗せてみると詩乃が俺を微笑みながら見下ろしていた。
「…秋元様のおかげでだいぶ吹っ切れました。」
「え…?何のことだったかな?」
「流行病で亡くなった恋人のことです。」
「…ああ。その人のことか。それはよかった。」
詩乃が此処に来た経緯は恋人の流行病を治すために借金をして薬やら治療費やらを捻出していたからだったのは正解で、数回通った時に教えてくれた。
それが吹っ切れたと言うのか。
見上げた顔は確かにすっきりとした表情をしていて笑顔を返した。
「…秋元様のおかげです。ありがとうございます…。それで、その…。」
「ん…?」
途端に言いにくそうに目を彷徨わせる詩乃に昼寝どころじゃないと起き上がると顔を見合わせた。
「何か?」
「あ、あの…、もう、その…大丈夫です、から。」
「…大丈夫?」
大丈夫とは恋人のことを吹っ切れたから心配しなくていいということか?
そもそも失礼ながらそこまで心配していない。
頭の中に常にいる女が邪魔をしてくるのもあるが、これは任務なのだ。
「はい。だから…もう…その、秋元様と交わりとうございます。」
俺が抱かなかったのは勃たなかったから。
所詮任務だから確かにそれが必要不可欠なわけではなかったのは今の関係性を見るに明白。
まさか色恋沙汰に発展させるためなどではもちろんない。
しかし、頬を染める詩乃に申し訳なさで口を引き締めたのだった。