第34章 世界で一番大切な"師匠"※
「…どうでしょうか。そのことをあまり話したがらないので分かりかねます。」
「…きっとお辛いから話したくないのでしょう。早く傷が癒えるといいのですが…」
曖昧に笑って答えても、すかさずそう答えた詩乃に"経験者は語る"という言葉がすぐに浮かぶ。
話したくないのは…辛いから、か。
と言うことはまだその男を愛しているということだ。
「そうですね。詩乃に負けじ劣らず美しい女子なので早く前向きになれればいいなとは思います。」
「…秋元様の大切な方なのですか?」
「え…?い、いや…、部下、なのです。」
「あら、そうでしたか。凄く優しい目をされていたのでてっきり想い人かと思いました。」
優しい、目?
俺がほの花に?
まぁ、確かに手のかかる継子だが…可愛い継子でもあるのだから当たり前だ。
優しくしてやりたいとは思っているが、これ以上入り込むのは危険だとも思っている。
欲情してしまうからだ。
此処に来て漸く欲求不満が解消するかと思いきや、悶々とするだけで終わってしまった。
こうなってしまえば、嫁たちにやはりお願いするしかない。
だが、不能だと思われるのはどうにも屈辱だ。
「…秋元様?どうかされましたか?」
頭の中で暫く考えてしまい、間が空いてしまったので、詩乃が心配そうにこちらを見ている。
正直、ほの花が此処の遊女だったら確実にぶち込んでた。
そんな危ない考えを振り払うと目の前の詩乃に笑顔を向ける。
「いえ、何でもありません。大切な部下なので、幸せになって欲しいとは思っているんです。」
「秋元様のような素敵な上司の方に恵まれて、その方はそれだけでもとても幸運だと思いますよ。早く吹っ切れると良いですね。」
「ええ、そうですね。」
俺は時間まで詩乃と話をして、その日は屋根の上から偵察をすることにした。
こうなってしまえば、京極屋と萩本屋の潜入調査も同じように情交をしない客というところで太客になるしかなさそうだ。
屋根の上から見る遊郭は煌びやかで愛憎にまみれている。
男と女が交わることはこんなに難しいことだったのだろうか。
いま、ただ一人欲情してしまう女が自分の継子なんてどうかしている。
俺は嫁が三人もいるのだ。
屋根の上まで聴きたくもない男と女の交わる音が聴こえてきて舌打ちをした。