第34章 世界で一番大切な"師匠"※
ハァ、ハァ…
詩乃の荒い息だけがその部屋に響き渡っている。
妖艶な表情をしてこちらを見上げている詩乃に笑いかけるとゆっくりと体を離した。
「…え…?あ、きもと、さま?」
「此処までにしておきます。」
「え…?!な、何か!私が粗相をしたでしょうか?!もし、ご気分を損ねたのであれば謝罪させて下さい…!」
体を半分起こして、必死に謝ろうとしてくる詩乃に首を振る。
(…違う、違うんだよ。)
こうなってしまえば、他の作戦を考えなければいけない。
どうもこうも…遊女相手に、女の喘ぎ声を聞いても勃たない不能な俺にはどう考えても無謀な作戦だ。
「…いえ、違います。詩乃。好いてる男性はいたことがありますか。」
「え…?」
「君もいつかはどこかに嫁ぐことになるだろう。体を大切にした方がいい。そのかわり、早く借金が返せるように話相手に来てもいいか?君の話はとても面白かった。どうだろう?」
こんなものは苦肉の策だった。
本当ならば抱こうとしていた。
抱けなかった。勃起しなかったことを隠すための言い訳にすぎない。
しかし、目の前で霰もない姿で見上げてくる詩乃の目から大粒の涙がこぼれ落ちたことで俺も目を見開く。
(…まさか、功を奏した、か?)
ぽたり、ぽたり…と目尻から落ちていくそれは布団に染みを作っていった。
情事が行われようとしていた部屋とは思えないほどの悲壮感に気まずさも訪れる。
「…ありがとう、ございます。」
「え…?」
そして礼を言ってきた詩乃に考えていたことが現実になったと拳を握りしめた。
ゆっくり体を起こし、涙目で見上げる彼女は安堵の表情だった。
「…こんなに、お客様にっ、優しくされ、たの初めてです…!秋元様…!ありがとうございます…」
誰だって好きでもない男に体を売るなんて嫌だろう。
遊郭は金を稼ぐために男に体を売る遊女と金で女を買いたい男が利害の一致の上で成り立つ場所。
だからといって、金を稼ぎたいからといって体を売りたいと思っている女は少数だろう。
もちろん手っ取り早く稼げるのかもしれないが、彼女の涙を見てしまうと仮にこの後勃起したとしても抱こうだなんて思えなかった。