第34章 世界で一番大切な"師匠"※
部屋の中は煌びやかな装飾が施され、真ん中には布団がこれみよがしに敷かれている。
本来、初回の客はこんなところに通されないのだが、俺は幸運だ。
余程客がいない日だったのだろう。
暫くすると、外から女の声が聴こえてきたので、入るように促した。
「お初にお目にかかります。詩乃と申します。」
深々と頭を下げて奥ゆかしく入ってきた女 詩乃。
鯉夏花魁ほどではないが、確かに綺麗な顔立ちをしている。
が、綺麗すぎる顔立ちの女を毎日見ているせいかどうも見劣りして見えてしまうのが申し訳ない。
(…てめぇ、もう邪魔しにかかる気かよ)
またもや思い浮かぶのは早速ほの花だ。
アイツ、無駄に美人だからな。
本当に無駄に。
無自覚なんだからあんな美人に生まれなくて良かったんだ。周りが気を揉むだけだろうが。
元恋人もさぞかし嫉妬に狂ったことだろうな。
しかし、またもやほの花に気を取られてボーッとしてしまった俺を詩乃が不安げに見つめていた。
「あの…?」
「…!あ、ああ。失礼を。私は秋元です。どうぞ。」
「…はい。ありがとうございます。」
偽名を伝えれば、「秋元様ですね」と繰り返して中に入ってきた。
見たところ淑やかで所作も申し分ない。
目の前に座るとふわりと笑う。
笑えば普通の女子だ。
理由があって遊郭に来たのだろうが、普通そうな彼女相手に若干性欲処理を頼むのが申し訳なく感じた。
「…驚きました。あまりに素敵な殿方で。今夜共に過ごせることを幸せに思います。」
「そうですか。それは良かった。よろしくお願いします。」
とりあえずはこの詩乃という女から情報を仕入れるために少しでも太客になる必要がある。
俺は手始めに彼女と会話を始めた。
まずは安心させるため。
此処に来れば誰しもが欲にまみれて真っ先に遊女に飛びつく男が多いとは思うが、こちとら任務中だ。
理性はある。
「此処での生活は慣れましたか?」
「え…?は、はい。」
布団と俺を交互に見つめる。
床入りをしないのかということだろうが、俺は彼女を見て微笑んで世間話を始めた。
長期戦は覚悟の上だ。
とにかく鬼の情報が欲しい。