第34章 世界で一番大切な"師匠"※
部屋に入ると、ハァ…とため息を吐いた。
襖に耳をつけて足音の確認をしてくれていた瑠璃さんが部屋の中央までくると頷いてくれる。
その合図を皮切りに私の本音が漏れ出た。
「…緊張、した…!瑠璃さん、ありがとうございます…」
「まぁ、とりあえずはうまく行ったわ。あそこで私が声かけてよかったわよ。此処まで直接来ていて、私も事情を知らなかったら一巻の終わりだったわよ?」
「本当に…ご迷惑をおかけしました。」
深々と頭を下げると瑠璃さんが腰を下ろして荷物も置いた。
伸びをすると首を傾けて私を見たので察した私は慌てて彼女の背後に回る。
「お、お揉みします!」
「腰もやってよ。あんたのせいで疲れたんだから。」
「はい!やらせて下さい!」
宇髄さんの肩揉みは最近よくやるのでそれと同じ要領で肩をグイと揉み込むと「痛い!!馬鹿!」と怒られてしまった。
そりゃぁそうだ。だって彼女の肩は宇髄さんと比べ物にならないほど細い。
いや、逆か。宇髄さんがデカいのだ。
力を入れないと気持ち良くないとか言うからいつも渾身の力を込めて按摩をする。
触れ合うのはそれだけ。
彼との触れ合いはもうそれしかない。
だから私にとっては特別な時間だ。
その時間だけは彼に触れられる。言い訳もせずに触れられることを許されているのだ。
「…ほの花。」
「はい?」
「天元が……もしまたあんたのことを好きになってしまったらどうするつもり?」
「え…?」
それは正直、考えてもいなかったこと。
思い出されたら困る。そう思って過ごしてきた。
体の奥底に残った記憶が呼び起こされたら困る。それだけを考えてきた。
だから新たに私を好きになってくれる可能性なんて考えたこともなかった。
「…え、あ…そんな、こと。」
「無いなんて言えないわよ。一度はあんたのこと好きになった男がよ?一つ屋根の下にいて好きにならない方が不思議よ。」
「……嬉しい、けど…、それでは意味がないので…。」
「…そうね。ごめん。余計なことを言ったわ。忘れて頂戴。目的を達成したいなら何が何でも関係を維持する必要がある。ツラいと思うけど…応援するわ。乗りかけた船だから」
前を向いたままそう言う瑠璃さんはどういう表情をしているかは窺い知れない。
でも、指から感じる彼女の温もりだけがいまの私の安心材料だった。