第34章 世界で一番大切な"師匠"※
宇髄さんは私に懐からお金を取り出すと押し付けてきた。
受け取らないと鍛錬を増やされるのは免れないので仕方なくそれを受け取ると「ありがとうございます」とお礼を伝えた。
何とか話題を反らせたから名前の件は何も言ってこなかったけど、受け取ったお金をお財布にしまい終えてしまうと気まずい空気が流れていく。
これ以上沈黙が流れるとまた名前を呼ぶ件を蒸し返されるかもしれない。
私は必死に話題を探した。
しかし、話題を探している私を横目に宇髄さんが口を開いた。
「…楽しかったか。」
「え、は、はい。」
「そうか、良かったな。」
「…はい。えと、ご馳走様でした。美味しかったです。」
あれ…?
思ったよりも突っ込まれない…。
恋仲だった頃の宇髄さんが脳に染み付いているのでその時の彼の行動が先に思い出されてしまうので、変に勘繰ってしまう。
意外に宇髄さんはただ名前を呼んで欲しかっただけなのかもしれない。深い意味はなく。
だけどもう話題を変えてしまった今、それを蒸し返すのは怖い。
「ああ、あそこの鰻屋うめぇだろ。俺も行きつけなんだ。」
「あ、…そ、そうなんですか?私も一度行って美味しかったのであそこに決めたんです!」
「恋人と…か?」
何も言ってない。
私はそんなこと一言も言っていない。
それでも真っ直ぐに射抜く視線は私の瞳を捉えている。
恐れるな。
宇髄さんは"恋人"と行ったのかを聞いてるだけだ。
誰と行ったのかまでは聞いていない。
「…はい。そうです!その方に教えてもらいました。」
「ふーん。んじゃぁ、店で一回くらい会ったことある奴だったかもな。」
「あ、あはは…どうでしょう?」
「……どんな奴?」
ねぇ、何でそんなこと聞くの?
何でそんな探るようなことを聞くの?
まさか…バレた?
いや、まさか…記憶が戻って…?いや、そんなことはない。そんな筈はない。
宇髄さんのは特に濃いめに作ったのだ。
そんなこと絶対に有り得ない。
「…どんなって…。素敵な人でしたよ?」
「容姿は?教えろよ。別に減るもんじゃねぇだろ。」
「へ、減るもんです!私の中の大切な宝物のような思い出なんです!内緒です〜!知ったって面白くも何ともないですから。」
そう言って今度は目を逸らして、屋根から降りようと一歩踏み出すと彼に手を掴まれて引っ張られた。