第33章 世界で一番大切な"継子"※
傷つくなんて許されない。
私は彼との恋人関係を自ら消したのだ。
彼との距離感が悲しくて泣くなんて頭がおかしい所業だ。
それなのに目が一度も合わなかった事実が…すごく衝撃的だった。
今のは意図的に見ないようにしたのだとすぐに気づくし、早くこの場からいなくなって欲しいとヒシヒシと伝わってくる彼の心模様が手に取るようにわかった。
震える体を何とか動かして、部屋に戻ると調合台の前に座って薬草を一掴みした。
量りにそれを乗せて、痛み止めの調合を始める。
「……怒っちゃったの、かな?」
さっき離してくれと言って小刀を向けてしまったし、失礼なことを言ったのかもしれない。
もちろん彼との関係性はただの師匠と継子に変わりないし、目を合わせてくれなかったとはいえちゃんと話してくれていたじゃないか。
傷つく理由にはならない。
私が傷つくのはお門違いもいいところだ。
自分で彼を遠ざけたのだから。
昨日、まきをさんとの情交をして、私の存在が邪魔に感じてしまったのかな?
それならそれで彼が望むのであれば此処を出て行っても構わない。
記憶を消す前の宇髄さんとの約束だからわたしはそばにいようと思っていたし、それを違えることはできないという責任感から此処にいた。
でも、それは私の勝手な想いであって宇髄さんの願いではない。
今の彼が私の存在を疎ましく感じるのであればそれはそれで仕方のないことだからだ。
「…やめよ、考えると碌なことがない」
私の悪い癖だ。
考え始めると悶々として悪い方向へどんどんと考えがいってしまうのは。
そんなこと考えたくないのに。
宇髄さんは今日は任務だと言う。
前までは彼が出発するまでに帰ってきて見送りたいと思っていたけど、今日は急ぐこともない。
彼を見送るのは私の役目じゃない。
元に戻ったのだから。
ゆっくり丁寧に薬の調合をするとお昼間近に宇髄さんの屋敷を出て、蝶屋敷に向かった。
居間で宇髄さんと三人の奥様たちの話し声が聴こえてきたけど、外から「行ってきます」と声だけかけると顔を見ずに出てきてしまった。
失礼かとは思ったけど、笑顔で会う自信がなかったから。