第33章 世界で一番大切な"継子"※
その日はどうやって行って帰ってきたかよく分からなかった。
でも、産屋敷様がまだ少し体調が良くなかったので数十秒力を使ってしまって、しのぶさんのところに寄って帰ってきたのは覚えている。
発熱するほどでもないし、その後暫く目眩がした程度で寝込むほどでもない。いっそのこと寝込めたら良かったのに…。
宇髄さんの屋敷に帰ってくると何も考えたくなくて、無心で薬の調合をした。
傷薬も痛み止めも解毒薬も…いくらあってもすぐに無くなってしまう蝶屋敷の備蓄薬。
それを補充するのは私の役目。
だからやることはいくらでもあるのだ。
須磨さんが「ごはんですよぉ〜」と部屋を覗いてくれるまでどうやって呼吸をしていたのかもわからないほど集中して薬を作っていた私は彼女の声で大きく息を吸った。
「…あ、…ありがとう、ございます。」
「ほの花さん?大丈夫ですかぁ?この部屋暑ぅい!駄目ですよぉ、こんな閉め切ったままで!今は夏なんですから!」
慌てた須磨さんが縁側に続く襖を開けてくれてその瞬間、夕方の涼しい空気が部屋の中に入ってきて気持ちよくて目を閉じた。
「…すみません。集中してたので…」
「お茶も飲んで下さいねぇ?ごはん食べられます?」
ボーッとしている私に須磨さんが心配そうな顔を向けてくれるけど、体調が悪いわけでもないので大きく頷くと立ち上がる。
隣の部屋は宇髄さん。
どうしよう…。瑠璃さんがこの部屋にいた時、声がたまに聞こえるって言ってた。
私はまだ…宇髄さんと奥様達の情事の生々しい声を聞く精神状態にない。
この部屋にいるのが嫌すぎる…。
今日だけ正宗達の誰かの部屋に避難させてもらおうか。
考えることは此処から逃げ出したいと言う後ろ向きなことばかりだ。
私の頭の中はそんなことばかりで埋め尽くされていて、その日の夕飯は味もしなければ、隣にいる宇髄さんの顔も見れなくて息の仕方さえ忘れそうだった。
逃げるばかりだけど、聞いて気分がもっと滅入るよりも知らないでおこうと思った私は、お風呂に入ると眠り薬を飲んで布団に潜り込んだのだった。
そうすれば聞こえない。
聞かなくて済む。