第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
「…おーい、ほの花。出来たら持ってくぜ?」
突然後ろから聴こえた声に驚いて「ひっ!」と悲鳴を小さく上げると腰が抜けてしまった。
「え、し、師匠!いつから其処に?!もう!足音立てて下さいよぉ!!お化けかと思いました!!」
「お化けって……、お前な。餓鬼じゃねぇんだから。」
呆れたような顔をしている宇髄さんだけど、今は前のように恋人同士ではないのだ。
危うく変な独り言を言ってしまうことだってあるのに…。
無言だったことが不幸中の幸いだが、驚いたのは変わりない。
お化けが怖いのも事実だから咄嗟にそう取り繕えば小さくため息を吐き、私の手を掴んで立ち上がらせてくれる。
「あ、ありがとう、ございます。」
「気配消したのは悪かったけど驚きすぎだろうが。」
「その前に気配を消さないでください。私のこと背後から殺そうとしたんですか…?」
「ンなわけあるか!!」
誤魔化すために軽口を叩いてみれば怒りつつも顔は笑っている宇髄さん。
ああ、そうだ。
この笑顔が大好きだった。
彼も…私の笑顔が大好きだって言ってくれてたみたいだし、ちゃんと笑わないと。
そうしないと逆に怪しまれる。
「分かってるんですよ…!私が魚焼くのが遅いから怒ってるんですよね?!奥様達と違って段取り悪いのは許してくださいよぉ〜!!」
「そんなことで怒るか!俺を何だと思ってんだよ。」
「え…?鬼師匠…?」
「よぉーし、ほの花。明日の鍛錬は百倍だ。期待に応えて鬼鍛錬にしてやろう。」
「ちょ…!?い、今のは私が言ったんじゃありません!心の声が…!!」
「どっちにしろお前だろ!阿呆!早く魚焼け!焦げるぞ!」
そう言って彼が指を差した先の七輪は今まさに絶妙な焼き加減でこれ以上焼くと焦げると言う頃合いの干物たち
私は慌てて菜箸を持ってそれをお皿に乗せるとほっと一息吐いた。
「はぁ〜…師匠のせいで焦げるところでした…。」
「俺のせいにするたぁいい度胸だな、クソ弟子が」
「鬼師匠!二皿持ってください!」
「テメェ、本当に明日覚悟しろよ!?」
ほら、こうやって笑いあえば師匠と弟子でしょ?
恋人同士だったなんてわからないでしょ?
これでいいの。
これが私たちの本来の姿。