第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
座卓に並べられていたのは予想通り肉じゃがで顔が緩むのが分かる。
食べたことない筈なのにそれが美味いやつだと脳が言っている。
「あれ?正宗さん、ほの花さんは?」
「皆さんの焼き魚を準備して来るそうなので先に食べてて下さいとのことです。冷めないうちに食べましょう?」
「え…!お手伝いしないと!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。先に食べましょう?そう伝えてくれと言われてるので我々が怒られてしまいます。」
そういえば鍋を此処に置いたらすぐに出て行ってしまったほの花がどこにいったのかと思っていたけど、そういうことか…。
本当はこの料理を元護衛の三人と食べるつもりだったのだから魚など焼いていないだろう。
若干、申し訳ないことをしたと思いつつ、ほの花の手料理にありつけることに腹の底から喜びを感じていて、先ほどの機嫌の悪さは何処へやら。
俺は久しぶりに気分が良かった。
「…ちょっと厠行って来るからよ、お前ら先に食ってろ。」
「はーい!じゃあ、せっかくだから頂きましょ!」
まきをの声を皮切りに皆がそれぞれ「いただきます」と言い、箸を持ったのを確認すると俺は部屋を出た。
台所のある方向から香ばしいいい匂いが食欲を唆る。
ちゃんと宣言通り厠に行ってからそこを覗いてみると台所に人はいなくて、勝手口の外から漂う匂いに足を向けた。
チラッと扉から外を見るとほの花が座り込んで魚を焼いてくれていた。
団扇を持って七輪を仰ぎながら絶妙な焼き加減を今か今かと待ち侘びている姿が
凄く
可愛くて
後ろから抱きしめたい衝動に駆られて思わず視線を逸らしてしまう。
(…何考えてんだ、俺は)
コイツは継子だろうが
可愛いのは認める。
確かにほの花の外見は美しいし、性格も控えめで所作も立ち振る舞いも全て綺麗だ。
だけど、それだけだ。
可愛い継子を手篭めにしたいなんて思ってない。
思ってない。
聞きたいことがたくさんある。
お前は本当に継子なのか?
俺はお前のこと覚えてないことが多すぎる気がする。
それなのに今、考えるのは目の前にいるほの花を猛烈に抱きしめたいなんていう邪な考え。
俺はこれ以上そんなことを考えることが憚られて、振り切るように声をかけた。