第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
「天元様ぁ〜、鰻食べたかったぁ〜!!」
「また今度な。豆大福買っちまったし、仕方ねぇだろ?」
ほの花からは外で飯食ってこいと言われたが、ふたば屋の店主から豆大福が好きだと言うことを聞いて買ってしまったので早めに帰らないと悪くなってしまう。
…と言うのは言い訳だ。
豆大福のことも然り、恋人のことも然り…
俺は継子のほの花のことを知らないことが多すぎる。
豆大福の件は忘れてるにしても異常だし、それに関しては胡蝶に医学的なことを今度聞きにいくとして…
まずは面と向き合ってほの花と話したかった。
継子の期間は長い筈なのに俺は本当にほの花のことを知らない。
知らずともただの継子なんだからと言われたら言い返す言葉もないが、"俺は"知りたい。
恋人のことも知らなかったことに腹が立ったのは自分のことを頼りない師匠とでも思われているようにも感じたし、言わなくてもいいだろうと思われてるのも癪だった。
須磨に鰻が食べたいと言われたのに悪いとは思ったが、コイツらには今日、欲しいものを何でも買ってやったし、鰻は次の機会にしてもらおう。
足早に屋敷の近くまで帰って来ると言っても時刻は午後五時を過ぎている。これから雛鶴達に食事の支度をさせるのは悪いので出前でも取ってやろうと思っていたのに、屋敷からは美味そうな匂いが漂ってきた。
「あら、ほの花さんですかね?美味しそうな匂い」
「絶対そうですね!流石ほの花さん。」
「わーーい!ほの花さんのごはーん!!」
先ほどまで不貞腐れていた須磨も腹が減っていただけだったようで飛びつくように家の中に入っていった。
ああ、そうか。
ほの花が継子だとしても飯くらい作れるよな…。
ぼんやりとそう考えながらも引き寄せられるように家の中に入るとお鍋を抱えたほの花が雛鶴達に囲まれていた。
「あはは、師匠まで…お帰りなさいませ。外食されなかったんですね。でも、良かったです。作り過ぎてしまったので召し上がってください。」
「…ああ」
その鍋の中身は見てもいないのに何故か肉じゃがだとすぐに分かった。
匂いで分かったんだとは思うが、懐かしいと感じた理由は分からない。