第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
大進が居間の準備をしてくると言って台所を出て行くと、大きく深呼吸をした。
やっと息ができた気がした。
それほどまでに緊張感と後悔に押し潰されそうだった。
「…本当に…地獄に堕ちるわ…」
私は周りにいる大切な人を裏切ってばかりだ。
目の前にある切りかけの人参に再び向き合うと等分に切っていく。
忘れ薬を使ってから私の心は荒れ狂っている。
大きな波を乗り越えてもまたすぐに波が来るんだ。永遠に来るのでは無いかと思うそれに疲れがたまる。
野菜は切れば食べやすくなるのに、宇髄さんとの恋人と言う関係性は切っても生きにくくなるだけだった。
私は考えないように残りの野菜を無心で切ると鍋に入れて味噌汁を作った。
そしてもう一つの片手鍋には肉じゃがを作りはじめた。初めて彼に作ったのも肉じゃがだった。
覚えていないと思うけど、あの時食べてくれて「美味い!」って言ってくれたのがすごく嬉しかった。
好きな人に料理を作って、食べてもらうことはこれからもできても、恋人に食べてもらうことはできない。
肉と野菜を入れた鍋がブクブクと音を立てて沸騰し始めると灰汁を取るためおたまを手に持つ。
こうやって余計なものが出たらすぐに取り除ければどんなに楽か。
何をしていても考えることは宇髄さんとのことばかりだ。
灰汁を取り終えると調味料を入れて蓋を閉めて、勝手口を開けたところにある七輪で魚を焼き始める。
料理を無心でしていれば少しは気が紛れるが、一人で何もしなければもっと悶々と考えてしまっているだろう。
私は敢えて同時に色々なことを始めることで、考える時間を自分に与えないようにした。
次々とやることがあれば、考えることもできないから。
「ほの花様?出来たものがあればよそいますよ?」
すると、居間の準備が終わったようで大進が台所に帰ってきた。私は重たい口角を上げると、お鍋を指差した。
「そこにある味噌汁はできてるよ。あとお米はそろそろ蒸らしが終わるからお櫃に入れて持って行ってくれる?」
「はい。分かりました。いい匂いですね〜。魚ですか?」
「うん!魚屋さんのおじさんに乗せられて買っちゃった」
「いいですね〜。焦がさないでくださいね?」
「分かってる〜!」
私はちゃんと笑えているんだろうか。
やけに口角が重く感じた。