第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
「さっき天元様のお迎えを待たずに帰ってきたって言ってましたけど…、一緒に帰ってきた彼は良い人なんじゃないですかぁ?手なんて繋いじゃって…!むふふ!」
「え…?!」
その瞬間、思わず横目で宇髄さんを見てしまった。まさか善逸と帰ってきたところを須磨さんに目撃されているとは思いもしなかった。
眉間に皺を寄せてこちらを睨むように見つめてきた彼の視線に耐えきれず目線を下げた。
「可愛い感じでしたねぇ!ほの花さんより年下さんですか?そりゃあ天元様のお迎えなんて要らないですよ〜!もう天元様ったら野暮ですよ、やーぼ!!」
違う違う違う
駄目だ、このままだと善逸にまで迷惑がかかる
流石に善逸をこんなことに巻き込むわけにはいかない。
私は必死に考えを巡らせると苦し紛れに話し出した。
「い、いやいや!違います!彼は同期で…!病み上がりだからって散歩ついでに送ってくれたんです!断じてそういう仲ではありません!」
「えー…そうなんですかぁ…?んー…でも、確かに甘い雰囲気ではなかったかもですけど…」
残念そうにそう呟く須磨さんだけど、口を尖らせたままこちらをチラッと見た。
「でーもー!本当は恋人の一人や二人いますよね〜?だってほの花さんほど美人で恋人がいないって方が信じられません〜!!」
「今はいません!本当です!」
「"今は"??」
ああ、何で私はこんなに馬鹿なのだろうか。
遂には私と須磨さんの会話ではなくなり、全員が私を見つめているのがわかる。
痛い
視線が痛い
どうしたらいいの。今更いませんでしたって言うのも変だし、いたのは事実だから嘘はついていない。
「え?!ほの花様、いつの間にそんな良い人がいたんですか?!教えてくださいよ、水臭いなぁ!」
煩い、正宗!黙れ!
今はそこじゃない!!八方塞がりでどうにもこれ以上取り繕うこともできずに私は仕方なく恋人だった頃の宇髄さんのことを少しだけ話すことにした。名前を伏せればわからない。
どちらにしても私の恋人はもういないのだから。
「こ、此処に来て直ぐに…いたけど、もう終わったことなので!彼とは縁がなかった。それだけです」
言っていて自分で悲しくなったけど、事実だからか不思議と罪悪感はなかった。
嘘を並べ立てる方がよっぽどツラいから。