第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
宇髄さんの声が聞こえたかと思うと、奥の部屋から出てきた彼はドタバタと大きな足音をさせて怒りを露わにしている。
(…お、おこっ、てる…)
そりゃあ師匠命令に背いたのだから当たり前だ。
この感じだと宣言通り迎えに行ってくれたのだろうが、そこに私がいなくて怒りのままに帰ってきたのだと思われる
「ほの花ー?!てめぇ、言い訳すんなら聞いてやるが…、どう言うつもりだ?あん?俺の命令が聴こえなかったっつーなら許してやる…」
「…え、と、あの…、ね、寝れなくて…自分の部屋のが寝れるだろうな…と思いまして…!だけど、眠かったので師匠が来るの待てなくて…!」
「ふーん…?」
命令はもちろん聴こえていたし、口から出た言葉も嘘八百だがそんなことを気にしていられるほど余裕はない。
「…あの、だ、だから…朝餉を食べたら暫く寝てもい、いいでしょうか?」
「…今日は胡蝶ンとこいかねぇの?」
「は、はい!明日伺うことにしています!」
「なら朝餉食ったらとっとと寝ろ。」
すると、思ったよりもすんなりと納得してくれて部屋に戻っていく宇髄さんの後ろ姿を眺める。
信じてくれたのならそれはそれで良い。
「天元様があんなに怒ってるのあんまり見ないからびっくりしました〜…虫の居所でも悪かったんですかね?怖かったですねぇ〜!」
隣でずっとその様子を見ていた須磨さんが眉をハの字にして心配そうに此方を見ているが、彼が怒ったところなど見慣れていた私はキョトンとしてしまった。
彼女達にはあまり怒らないのだろうか?
でも、本来の気質は優しい彼だ。
怒るようなことがなければ、あんなに怒りはしない。私は恋人時代もよく怒られていたけど、それほど彼には怒りを感じさせてしまっていたと言うことだ。
そう考えれば感情に振り回される私よりもやはり彼女たちと一緒にいる方が遥かに心穏やかに過ごせるだろう。
こんなことは後から出た副産物に過ぎないけど、彼の隣に私がいたこと自体が夢だったのだと思えば何の疑問もない。
私は苦笑いを浮かべながら薬箱を部屋に置くとそのまま朝餉の準備をするため台所へ向かった。