第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
ほの花の音は変わらない。
音柱という人の記憶を消してしまったと言っていた時ですら悲しい音の奥に優しい音がした。
悲しさの中に深い愛情があるからだと思う。
昨日、熱があって蝶屋敷で休んでいる筈のほの花が朝早くに玄関から出て行くのが見えて慌てて後を追った。
俺は煉獄さんの死からまだ日も経っていないので、激しい鍛錬はできないけど徐々に体を動かすために散歩を始めていた。
炭治郎は俺より重傷だったからまだ安静にしているし、伊之助は山に走りに行ってしまうので一人何もしていないのも居心地が悪いので仕方なく散歩を始めた。
朝と夕方始めたそれは夏の暑さのせいもあり、怠いのなんの…。
でも、たまたま昨日はほの花の体調不良の時に出くわせて、今日も抜け出したであろうほの花を見つけられてよかった…
はずなのに手を引かれてどんどん歩いて行くほの花に首を傾げる。
「いつも俺たちの怪我の手当てとかしてくれるし、それくらい大丈夫だよ!でも…ほの花一体どこに向かってるの?」
「ああ、ごめんね!私、宇髄さんの屋敷に向かってるの!もう帰るから。」
「えええ?!体は?しのぶさん良いって言ってるの?」
流石に昨日の今日ですぐに退院なんてないだろうと思っていた俺は目を見開いて、手を引っ張った。
それも全く気にもとめないほの花はにこやかに笑ってコクンと頷くので、瞬きを繰り返して訝しげに見てしまう。
「…体はもう大丈夫なんだけどね、宇髄さんが迎えに来ちゃうから…慌てて帰ってるの。そばにいるとドキドキしちゃって墓穴を掘るといけないからさ…。」
でも、そう言って目線を下げたほの花はまた悲しい音がした。
本当は宇髄さんって人のこと大好きなんだ。
大好きだけど鬼殺隊にいる以上、柱であっても煉獄さんみたいに死んでしまうこともある。
好きだからこそ死んで欲しくない。
きっと宇髄さんって人もほの花に同じ感情を持っていたと思う。
だけど二人の間でそこの考え方の差が生まれてしまったことが今回の事の発端だろう。
足を止めることなく真っ直ぐに歩みを進めるほの花はいつもよりも小さく見えて、俺は引かれた手をギュッと握った。
ひとりじゃないよと伝えたくて。