第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
敷布を交換した時についた匂い…?
そんなもんで付くか?あんなくっきりと匂いが。
それなのにほの花からは"それ以上踏み込んでこないで"という空気が漂ってくる
こちらが一歩踏み出せば、一歩後退りする
永遠に近づくことすらできないと感じる距離感がもどかしい
コイツは信じられないほど隙だらけな女だと思っていたけど、何故か俺との間にだけ絶対的に隙がない。
隙だらけの女が自分にだけ隙を見せないのは何故だ
仮にも俺はコイツの師匠
確かに気を遣う存在なのかもしれないが、気を遣われていることに舌打ちしてしまう
しかも、さっき寝ぼけていたほの花は明らかに誰かと俺を間違えていた。
あんな風に甘えたように手を伸ばして、見たことのない顔で笑っていた彼女を見てごくりと生唾を呑んだ。
俺に見せたことのないような表情を向けていたのは一体誰だ?
「…明日、任務が終わったら此処に迎えに来るから待ってろよ。」
「えー?!もう〜大丈夫ですよ〜!」
「待ってろ。上官命令だ。いいな?」
「こ、怖…怖いですよぉ、師匠…!」
自然とほの花に向けた視線が厳しくなってしまっていたのだろうか。
こんなのはただの八つ当たりだ。
誰かに間違われたことに腹が立っている。
「…治ったら鍛錬はいつもの十倍にするからな」
「…え、う、嘘ですよね…?!師匠〜!」
「うるせぇ!俺は神だ!言うこと聞け!クソ弟子が!!」
「もう少し此処でお世話になりたくなってきました…」
「安心しろ、何日いたとしても迎えに来てやるからよ」
ほの花と軽口を叩き合えても、どこか薄っぺらいと感じてしまう。
コイツの本心は此処にあるのか?
俺の本心は此処には無い。
本当は"師匠と弟子"としてどう接したらいいのか分からない。
そんなことどうやって解消すればいい?
そんな難しいことだったか?
毎日俺はどうやって接していたのだ?
全く思い出せない。
そんなことあるだろうか。
ほの花と普通に会話していたとは思うが、こんなにコイツとの会話に違和感を感じたことなどない筈だ
まるで夢の中にいるみたいな浮遊感がいつまでも続いている
そんな感覚が消えない