第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
息が止まるかと思った。
宇髄さんから発せられた言葉で
駄目だ、宇髄さんは耳がいい。
この距離感なら心臓の音で動揺が悟られてしまう。
私は必死に首を傾げて知らないふりをして、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
「師匠のお布団で勝手に寝たりしませんよ〜。失礼しちゃいます!」
「…だよな…、ごめん。布団からお前の匂いがしたような気がしてよ。悪かった」
"俺、お前の匂いがすげぇ好き"
そうずっと言ってくれていた宇髄さん
あなたの心の中に私が残ってる…?
もしそうならば嬉しい反面凄く危機感を感じた。
忘れさせたらあとは継子に徹していたら大丈夫だと思っていたのに、思ったよりもこれは難儀なことなのかもしれない。
宇髄さんが私を思い出すことは無いと思う。
あの薬はそれほどの効力がある。
でも、ちゃんと取り繕わなければ"記憶を消されたこと"に気付いてしまう。
そうなったら協力してくれた周りの人にまで迷惑がかかる。それだけは避けなければならない。
「あ…!でも、師匠のお布団の敷布は替えたことありますよ。奥様の代わりに!その時、触れたと思います。その時でしょうかねぇ?」
「…あー…、なるほどね。そうか。」
顎に手を置き、小刻みに頷く様子を見て上手く取り繕えたと一息吐く。
それなのに見下ろされるその瞳がいつもの宇髄さんのような気がして緊張感が走る。
「…お前、朝から熱あったのか?」
「え、あ、…い、いえ、朝は元気でした!」
一言一言が尋問をされているようだ
落ち着け
落ち着け
彼に見抜かれたら全て終わりだ
「でも…、産屋敷様の屋敷から帰ってくる途中でちょっと体調が悪くなってしまって…、しのぶさんの屋敷のが近いので…休憩させてもらおうと思って立ち寄りました。」
「…そう言う時はよ、音花を寄越せ。流石に胡蝶から知らされたら心配になるだろうが」
「申し訳ありません…!気をつけます!」
苦しい
苦しい
苦しいよ
何もかも嘘
嘘で塗り固められた自分が本当に嫌
嘘なんてつきたく無いのにつくことしかできない私を許してほしい
助けて欲しくても誰も助けてくれない
これは私が始めたことなのだから