第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
胡蝶に案内された部屋で小一時間ほの花の様子を見ることを伝えると納得して出て行ったが、訝しげに見るその視線に若干の違和感を感じた。
しかし、胡蝶のあの視線も分からなくはない。
俺が此処に来たところでどうすることもできない。
ただこうやって様子を見て、手拭いを変えてやることしかできないと言うのに何故此処に来たのだろうか?
自問自答してみても答えは出ない。
俺だって不思議なのだから
そもそも此処に来るのも頭で考えるよりも先に体が動いてしまったが故だ。
冷静になって考えてみれば、此処に俺が来たところでほの花が治るわけでもないし、胡蝶に任せておけばよかった話
それでも俺は此処に来た。
誰かに背中を押されるかのように
何かに導かれるかのように
そして、今赤い顔をして荒い呼吸のほの花を目の前にして、やはり何もできない自分にしかヤキモキするのは否めないが、そばにいることへの安心感は計り知れなかった。
「…ほの花…、大丈夫かよ…?無理すんなよ…?」
そう言って頬に触れれば、ピクっと瞼が動き、長い睫毛がゆっくりと持ち上がったことに俺は肩を震わせた。
(…やべっ…!起こしちまった…!)
あれほど胡蝶に「眠ってるから帰れ」と言われたのにも関わらず「起こさないから」という約束の下、此処にいることを許されたと言うのに。
これでは後からドヤされるに決まっている。
しかし、ゆっくりと開かれたその瞳に俺が映ったのを確認すると、ぼんやりとしたほの花が瞬きを繰り返している。
どうやら夢現なのだろう。
起こしてしまったのならばとりあえず声をかけなければ、お互い無言のまま時だけが流れる奇妙な空間になってしまう。
「…あー…、わり、…起こし、ちまったな…?気分はどうだ?」
虚ろな目をしてこちらを見ているほの花は俺を見たままゆっくりと口を開いた。
「…会いに来てくれたの…?」
「は…?え、あ、ああ…まぁ、そ、そうなんだけど…。」
「嬉しい…、もう…会えないと思ってたから…ありがとう…。」
おかしい
ほの花は俺に敬語無しで話したことなどあったか?少なくとも今朝は違った筈。
それなのに目の前のほの花はまるで近しい間柄のように甘えた口ぶりで胸がドキンと跳ねた。