第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
──音柱 宇髄天元様
ほの花さんが発熱した故、一日お預かり致します。責任持って看病した後、明日にはお返ししますのでご安心を。
蟲柱 胡蝶しのぶ──
発熱だと?
どういうことだ。朝は元気そうだった。
顔色が悪いなんてこともなかったが、俺の見間違いか?気づいてやれなかったのか?
だとしたら朝に此処に来るのを止めてやれば良かった。体調不良すら気付いてやれないで何が師匠だ。
だが…俺が行ったところでどうすることもできない。
医学の心得はないし、胡蝶がいるなら安心だ。
何故、俺はこんなに慌てて向かっている?
それに気づいた時、一瞬足を止めようとしたが体中がそれを拒否した。
早く行かなければ…と体が勝手に動くのだ。
ああ、これだ。
この違和感だ。
俺は何故ほの花のことをこんなにも気にしてしまうのだろうか。
"ただの継子なのに"
体がアイツを求めているとでも言うかのように勝手に体が動く。
今朝だってほの花に恋人ができるって考えただけで腑が煮え繰り返りそうだった。
"ただの継子なのに"
俺には三人の嫁がいて、ほの花は"ただの継子"だ。
それなのにそれを心の中で考えるたびに猛烈な違和感に襲われるのだ。
まるで心が"違う"と言っているようにすら感じる。
でも、周りはいつも通りだ。
雛鶴もまきをも須磨もいつも通り、俺の嫁として振る舞っている。
ほの花の元護衛の三人も、ほの花ですら…。
俺一人だけ感じている違和感なのは明らか。
それでも足は蝶屋敷に向けて全速力で向かっていく。
違和感の正体はわからない。
でも、蝶屋敷が目と鼻の先までくると、もう心を決めた。
"継子が体調不良なのだから心配するのは当たり前だ"と心に言い聞かせた。
そうだ、俺は派手に優しい師匠なだけだ。
庭に降り立つとたまたま歩いている胡蝶を見かけたので慌てて声をかけた。
すると、こちらを見て化け物を見るかのような顔をして驚く彼女に俺は眉を顰めた。
だが手に持っている手桶にはカランと氷の音がする。それがほの花の為のものだと気づくのに時間はかからなかった。