第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
どうも頭の中に靄がかかっているような変な感覚
それが何なのか分からないが、体調が悪いわけではないのに体がむず痒い。
朝餉の時、須磨がほの花に恋人がどうのって言ったことが何故あれほどまでに苛ついたのかも理解できないまま一日が過ぎた。
鍛錬をして、報告書を纏めたら今日は新たな鬼の情報が出たので偵察に行かなければならないので仮眠を取っていた。
一人で眠る布団に残る匂いがどこかで嗅いだことのあるような匂いの気がして気になったが、まるで安眠材料かのようにあっという間に眠りに落ちてしまい、次起きた時は夕刻のことだった。
「天元様、夕餉の支度ができましたよ。」
雛鶴がそう部屋に呼びに来たことで「もうそんな時間か」と外を見てみると橙色と薄紫色の空が広がっている。
「…雛鶴、アイツもう帰ってきたか?」
「え?…ああ!ほの花さんですか?いえ、まだお戻りじゃないです。長引いてるのでしょうかね。」
「…ったく…遅くなるなら連絡しろって言ったのによ…」
ほの花は誰もが見たら息を呑むほどの美しさで腕っ節は強いかもしれないが、変な男に目をつけられでもしたら面倒なことになる。
美人なんだから少しはそういうところも気をつけて欲しいものだが、ほの花に危機管理能力は乏しい…と言うか気にもしていない。
「ほの花さんだって天元様がお休みになっているかもしれないと遠慮されていたのかもしれませんよ。」
「それで何かあってからじゃ遅ェだろ。虹丸っ!!」
俺は急ぎ虹丸に探させようと思い、彼を呼び寄せるがそれよりも前に一羽の鴉が飛び込んできた。
胡蝶の鎹鴉"艶"だ。
「音柱ァァッ!シノブヨリ文ヲ預カッタァァ!」
そう言って艶の足を見れば白いものが巻き付けられていて、恐らくそれが文なのだろう。
胡蝶が文を寄越すなんてことは記憶の限りだとない。どこかの柱二人みたいに文通する趣味はないし、胡蝶とはそういう関係性じゃない。
だから少し不思議に思いながらそれを取ると折り込まれた文を開けていく。
其処につらつらと並ぶ文字は胡蝶の文字で間違いないが、その内容に俺は心臓を鷲掴みにされたように強い衝撃を受けて次の瞬間走り出していた。
後ろからは雛鶴の声が聴こえたが立ち止まることはできなかった。