第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
我妻くんがいなくなった後、早速ほの花さんの診察を始めた。
体温は三十九度を超えていたけど、喉は赤くないし、風邪の症状もない。
要するに風邪ではないということ。
(…使いすぎましたね…?)
今日で良かった。
普通に記憶のある状態の宇髄さんに知られてしまえば、あまりに突然の発熱で怪しまれてしまっていただろう。
しかしながら、今の宇髄さんが記憶がないからと言って無断外泊をさせるわけにはいかない。
恋人として心配することはなくとも、自分の継子が帰ってこないなんて心配するに決まっているのだから。
…となれば宇髄さんにはきちんと内容をお伝えして柱仲間としてお預かりするまでだ。
私は熟睡している彼女を残し、部屋に帰ると文をしたためて其れを鎹鴉の艶に託す。
「音柱の宇髄さんに此れを届けて下さい。今ならまだ屋敷にいる筈です。」
「分カッタァアアアッ!」
艶を見送ると手桶に氷水を入れて手拭いを持って彼女の部屋に向かう。
厄介なのは解熱剤が効かないことだ。
ほの花さんの解熱剤はとてもよく効くというのに残念なことだ。
解熱剤が使えないとなれば、出来ることといえば手拭いを冷やして額に置いてあげることくらい
もどかしい限りだが致し方ないことだ。
──カランコロン
手桶の中で氷が音を立てている。
彼女が眠っている個室は縁側を通って別棟にある。溢さないように慎重に運んでいると後ろから居るはずのない人物の声が聴こえた。
「胡蝶!!!」
そう呼ばれて振り返った先にいたのは一瞬見間違いかと思って目を見開いた。
だって…
そんな…?
艶が行ったのはついさっきだ。
20分ほど前のこと。
確かに彼の俊足であればここまで来るのにそう時間はかからないとは思うが…今はそんな焦ってくる必要は無いはず。
だって記憶がないのでしょう?
ほの花さんのことは"ただの継子"なのでしょう?
その向こうからは艶が漸く此処に到着したようだった。
「…宇髄、さん…?」
間違いなく飲ませたと言っていたのに彼は恋人だった時と同じように遣いに出した鴉よりも早く此処に到着するなんて…
(…ほの花さん、あなたの作戦は…失敗だったかもしれませんよ。)
記憶がなくても体が覚えているとしか思えない。
貴女を愛していることを。