第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
結局、産屋敷様は「大変じゃないかい?」と最後まで私のことを気にしてくれたけど、今の私はとても身軽だ。
恋人という肩書きが無くなったら、宇髄さんの継子として恥ずかしくない振る舞いさえしていれば特に制限もない。
今までみたいに宇髄さんが心配性を発揮することも無くなるだろうし、薬師として頑張ろうとより思えた。
産屋敷邸を後にすると力を使ってしまったので、再び蝶屋敷に蜻蛉返りすることになった。
力を使った時はしのぶさんに報告しなければいけないのだから。
しかしながら、報告するのは久しぶりのこと。
最近では宇髄さんに気付かれないように…と力を使うことを避けてきたし、産屋敷様も体調が良い日が続いていたので使う必要もなかった。
此処に来て少しだけ悪化していたが、宇髄さんの記憶を消した後で良かった。
そうでなければこの体の熱さを心配されるに決まっている。
産屋敷邸を出てから少しずつ体温が上昇している感覚がある。
確かに今日は彼の調子があまりに良くなくて、一気に使いすぎた気もするので、宇髄さんの屋敷に帰るのはやめておいた方がいいかもしれない。
こういう時、しのぶさんみたいな協力者がいるのは助かる。
自分がしてしまった尻拭いは自分でしかできないけど、周りに口添えしてもらえるだけで信頼度が増すのは有難い。
こんなに薬箱は重かっただろうか?
ずっしりとのしかかる其れを背中に背負い、重い足取りで蝶屋敷への道のりを歩く。
少しずつ陽が傾いてきた夕暮れ時
自分の影が長く見える
先にしのぶさんに伝えておいた方がいいかもしれないと思い、私は手を上げて音花を呼び寄せた。
「蟲柱様のところに行って今から行くと伝えてきて」
「分カッター!蝶屋敷ーーッ!」
橙色の空を自由に飛び回る彼らを見るとまた少しだけ感傷的になってしまうが、すぐに首を振って考えを振り払った。
怠い体を引き摺るようにして何とか足を動かすけど、蝶屋敷に着く頃には壁に手をついてギリギリ歩けている状態になってしまっていた。
「ほの花さん…!」
どこかで見たことある光景だ
ああ、そうだ
今日の朝も、此処でしのぶさんが待っていてくれたんだった。
私は彼女の腕に掴まるとその場に倒れ込んで意識を失った。