第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
薬の調合をしていると、産屋敷様がじぃっと手元を見ていることに気付いた。
何も面白いものでもないのに彼はよくこうやって私が調合しているのを見ている。
調合中はあまり話しかけてはこないのだが、こうやってじぃっと見て楽しんでくれているようにも感じていた。
しかし、今日は彼から話しかけてきたのでその姿を視界に収めると、変わらない微笑みが目に入る。
「灯里さんの…調合で忘れ薬でも使ったのかな。」
宇髄さんの記憶を消した方法を聞いているのだろう。賛成してくれるとは思っていなかったけど、産屋敷様は強く反対したりもしないと思っていた。
だから此処まで宇髄さんとのことを残念そうにされるのは意外だった。
「…いえ、母の調合では、ありません。とある人の協力を得ました。」
「……ああ…、珠世さんか。」
「!?」
まさか彼の方からその名前を出してくるとは思っていなかったので私の体は無意識に震えた。それと同時にさも当然かのように発せられたその名前のせいで、私が秘密裏に彼女と会っていたと言うことを知っていたと言わんばかりの口ぶりに背筋が凍った。
「…ご、ご存知で…?」
「何のことかな?僕は何も知らないよ。」
そう言って笑っているけど、これは知らない"フリ"をしてくれているのだ。
鬼殺隊が鬼の彼女と秘密裏に協力しあっていたなんてことが大っぴらになったら良くないから。
「…では、独り言を言います。」
知らないフリをしてくれると言うならば、私も懺悔させて欲しい。
裏切ってなどいないと弁解させて欲しい。
きっとそんなことは分かってくれているのだとは思うけど、話したいと思った。
「…数ヶ月前に初めて珠世さんとお会いして、神楽家の女児出生の秘密を知りました。その時に、私が忘れ薬を飲まされていたことも知って、今回の音柱様の記憶の抹消を思いつきました。」
鬼殺隊の戦力の中枢を担う柱である宇髄さん
彼と恋仲だと言うことを利用して、鬼と共闘して鬼殺隊を陥れようと思ったわけではない。
ただ私は
宇髄さんを守りたかっただけ
私のために命を落とすことのないように
その重荷を解いただけ