第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
「良かったです。とりあえず食欲はありそうですね。」
出された食事を少しずつでもちゃんと食べているとしのぶさんが笑ってくれた。
今回も食欲無くなりそうな案件だけど、やるべきことがハッキリしている以上気が張っているので今のところは大丈夫そうだ。
緊張の糸が切れたら体調崩してしまいそうだけど、今はそんなことを気にしている余裕もないのだ。
「大丈夫です!朝餉も食べられましたし、思ったよりもずっとずっと元気です!」
「無理はしないで下さいね。お館様の調合は何時ですか?間に合います?」
ゆっくり少しずつ食べていたので、そう言われて時計をみれば既に正午を過ぎていて目を見開いた。
此処から行くと三十分はかかるからギリギリ間に合うかどうかというところ
「うわっ!もうこんな時間でしたか?!ひゃぁ…!これだけ食べたら行きます!片付けもできなくて申し訳ないです…!」
「良いんですよ。お客様ですし、お館様のが優先なのは当たり前です。よろしくお願いしますね?」
「はい…!行ってきます!」
美味しい料理のお礼をちゃんとアオイちゃんにも伝えたかったけど、自分の時間管理能力を呪うしかない。また明日炭治郎の怪我の様子を見に行く時にお礼をしよう。
口の中に頬張ったままの煮物を咀嚼しながら薬箱を持つと慌てて蝶屋敷を出た。
前に…食べられなくなったのは宇髄さんとお別れした時だった。
あの時は本当に帰れないと思っていたからつらくてつらくてたまらなかった。でも、その時より今はマシではないか。
帰れば宇髄さんはいるし、恋人として一緒にいられずとも彼の隣に継子としてならいることを許されている。
この時はそう思っていた。
彼の恋人でなくなったことを嘆いて、寂しくて悲しくて泣いてしまったけど、冷静になってみればこの前より遥かにマシだと。
だけど、本当の地獄はこれから始まるのだと私は全然分かっていなかった。
せっかく彼の記憶を無断で消したのだからうまくいかなければ意味がないのだ。
柱の方まで協力してくれている。
私に失敗は許されないのだ。
それなのに
無くなってしまった関係性を偲び耐えることよりももっと大変なことがあるとは思ってもいなかった。