第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
──はぁ、はぁ、はぁ……
お互い息が上がって肩で息をし始めたので、私は舞扇をしまった。
これ以上しては病み上がりの彼の体に障る。
「は?まだ終わってねぇだろうが!!何で武器しまうんだよ!逃げる気かよ!!」
「逃げない逃げない〜。残念だけど私、今日いろいろ用事があるの。それに病み上がりの伊之助にはこれくらいがちょうど良いわ。またやりましょう?今日は引き分けね。次は私が勝つからね。」
「引き分けだとぉぉ?!勝つまでやる!!怪我はもう治った!」
子どもように駄々をこねる伊之助が私に纏わりついてきたけど、気にせずに炭治郎達の病室に戻る。
「逃げんなぁああ!!まだやるって言ってんだろ?!」
「また今度ね。あ、伊之助!お腹空かない?そろそろお昼よ!」
「腹は減った!!飯か!!飯食ったら続きだ!!わかったな!?」
彼は己の欲に忠実だ。
あんな風に自分の欲を曝け出せたらどれだけ良かっただろうか。
少しだけ
羨ましい
背中にくっついていた伊之助が再び猛烈な速度で食べ物を漁りに行ったので、身軽の状態で私は炭治郎達の部屋に置いてあった薬箱を手にするとしのぶさんの部屋に向かった。
じんわりと額に汗をかいたことで前髪がぺたりとくっついている。それを掻き分けて整えるためにガラス戸に映る自分の姿を見ていると、両方の腰が急に衝撃を受けた。
恐る恐る両側に目を向けると同じ蝶の髪飾りが目に入ってきたので口角を上げて彼女達の背中に手を乗せた。
「…ほの花ちゃんの馬鹿!!!」
何も言わないカナヲちゃんとは打って変わってアオイちゃんは私を罵ってくるけど、怖くも何ともない。
その言葉に深い暖かさを感じてしまうのだから仕方ない。
「馬鹿!意地っ張り!おたんこなす!無鉄砲!向こう見ず!!」
「…酷いなぁ、アオイちゃん。」
「だってそうでしょ?!何で?!何でなの?!馬鹿馬鹿!馬鹿だよ、ほの花ちゃん!一人で何で決めちゃうの!一緒に悩ませて欲しかった…!!ツラいの…分けて欲しかった…!」
微動だにせずに私の腰に抱きついたままのカナヲちゃんと私のために泣きながら怒ってくれるアオイちゃんを見たら涙よりも嬉しくて笑顔が溢れてしまった。
そうだよ、私はひとりじゃない。