第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
毎日欠かさず来てくれていたほの花が突然昨日来なかった。
俺も善逸も伊之助も「何かあったのかな?」って心配してしのぶさんに聞いたのだけど、「知りません」と言われてしまって結局分からずじまいだった。
でも、今日ほの花が元気に顔を見せたことで安心した…のは先ほどまでのこと。
近くに来て座ったほの花からは悲しい匂いがプンプンしたんだ。顔は笑っているのに匂いが全く違う。
音に敏感な善逸も何かを感じ取ったようで俺の顔をチラッと見た。
傷口の確認をして消毒を始めたほの花だけど、よく見れば目は赤いし、潤んでいるようにも見える。
女性に泣いた理由を聞くなんて失礼なのだろうか?
しかし、このまま聞かないのも気になって仕方ない。万が一聞かれたくなければきっと言わないだろうし、聞くだけ聞いてみようとほの花の目を見るが先に口を開いたのは彼女だった。
「炭治郎たちにね、お願いがあるんだけど…いま、話してもいい?」
「え…、う、うん。」
「ほの花…どうかしたの?悲しい音がする」
「ん?!何だ、ほの花!腹減ってんのか?!」
悲しそうに笑って一度下を向いて深呼吸をすると此方を見ることなく話し始めた。
声は震えていて、心なしかいつもより小さく縮こまった様子のほの花に眉を顰める。
「…音柱の…宇髄さんの中にある私と恋人だった記憶を消したの。だから炭治郎達も私たちが恋仲だったことを知らないフリをして欲しい。」
ほの花から放たれた言葉に俺たちが無言になるのは仕方ないことだと思う。
一瞬、意味がわからなかったから。
恋人だった頃の記憶を消した?
恋人ではなくなったということ?
何故そんなことを?
聞きたいことはたくさんあったけど、ほの花が泣きそうな顔をして笑うものだから誰一人として軽々しく言葉をかけることも憚られた。
だからほの花が再び言葉を紡ぐまでその空間はしん─と静まり返っていた。
彼女からは言いようのない悲しみで溢れた匂いが止めどなく溢れてきていて、胸が締め付けられた。