第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
蝶屋敷に向かう道が昨日までとは色が違って見えた。
昨日まではあんなにも彩り豊かな色彩が私の目に飛び込んできたのに、今は白黒のように感じる。
「…これが失恋かぁ…」
いや、失恋とは違うかもしれない。
自らその恋を捨てたくせにそんな風に言ったら烏滸がましいにもほどがある。
それでもそんな風に言ってしまうのは私、一人が別次元にいることが既に寂しかったから。
だった数十分あそこでおしゃべりをしただけなのにこんなに苦しいだなんて思わなかった。
これがこれから死ぬまで続くかと思うと骨が折れそうだ。しかし、人間とは慣れるもの。
いつかはそれが当たり前になり、この寂しさや悲しみも癒えることだろう。
それまでの辛抱だ。
贖罪なのだからつらくて当たり前ではないか。
蝶屋敷についたらまずはしのぶさんに報告しなければ、心配してくれているに違いない。
彼女の協力なしにはこれは成り立たないのだから礼の限りを尽くすのは当たり前のこと。
ツンとした鼻を隠すように空を見上げてみても勝手に溜まる涙が頬を伝っていってしまい、唇を噛み締める。
こんな姿を見られたら心配させてしまう。
立ち止まり、涙を手の甲で拭って前を見据えるとそこに居た人物に目を見開いた。
止めようと思っていた涙は堰き止められなくて後から後から作り出され、地面に落ちていく。
「…し、のぶ、さん…」
待っていてくれたのだろうか。
此方を見て彼女もツラそうに笑うと目には光るものが見えた。
泣くのなんて間違ってる。
私が悪いんだ。
責任は私にある。
彼女を心配させたのも私。
でも、涙が止まらないの。
一歩も動けずにその場に茫然と立ったままでいるとゆっくりと近寄ってきたしのぶさんが目の前まで来ると私のことを抱きしめてくれた。
私よりも遥かに小さくて華奢なしのぶさん。
でも、その抱擁は温かくて力強くて私はとうとう彼女の胸の中で泣き喚いてしまった。
大好きなの
愛してるの
そばにいるけど
つらいよ
誰か助けて
そんな理不尽な想いだけが私の頭の中を反芻する。
蝶屋敷の前で私は暫く彼女に縋りついて涙を流し続けた。
忙しい筈なのにしのぶさんはずっと私のことを抱きしめていてくれた。
母のように優しく