第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
息を呑む美しさ
それに尽きた。
生まれて初めて見た花火は本当に美しかった。
この世にこんな美しいものがあったのかと思うほど
木の上で宇髄さんに抱きしめられながら見たそれはあまりに綺麗で泣けてきた。
来年も再来年も来れるかどうかという保証はない。
鬼殺隊に所属している以上仕方ないことだ。
そして恋人として此れを見るのは今日が最後。
同じような感動を味わうことは二度とないかもしれない。
少なくとも彼の腕の中でこの花火を見ることは最後なのだ。
あんず飴も
お好み焼きも
射的も
もう一緒に味わうことはない。
此処にきたとしても私はそれを眺めるだけ。
明日からはただの継子なのだから。
この腕が私を抱くのも今日が最後。
この温もりを独り占めできるのも今日が最後。
この陽だまりのような彼に愛されるのも今日が最後だ。
花火が終わって欲しくなかった。
終わってしまったら帰らなければいけないから。
彼に薬をあと一回飲ませないといけないから。
大好きな彼との思い出を捨てなければならないのが悲しくて悲しくて泣けてきそうだけど、それは必死に耐えた。
自分で勝手に忘れ薬を飲ませるくせに泣くなんて言語道断だ。
家に帰ると私は心を無にして二回目お茶を淹れた。
楽しかったではないか。
この九ヶ月
私の人生の宝物ができた。
明日からこの家で宇髄さんと私が恋仲だったことを知っているのは私だけになるけど、私が知っていればいい。
これは私だけの秘密で宝物
この宝物があれば生きていける。
愛してもらった事実を私だけが知っていればそれでいい。
そうして、私は彼らに二杯目のお茶を飲ませた。
最後のまぐわいは今までで一番ちゃんと覚えている。いつも彼に愛されて溶かされて眠ってしまうと言うのに全然眠くならなかった。
それどころか自分にこんなに性欲があるのか?と思うほど「もっと…」と思ってしまって私の方が彼を求めてしまった。
だから情交の後に疲れて寝てしまった彼を初めて見た。
最後の最後にスヤスヤ寝てしまった愛おしい人の無防備な姿を見ることができて幸せだった。
それだけでもう十分
私は彼の部屋に置いてある荷物を持って自分の部屋に向かうと其処に私がいた痕跡を消した。
部屋は別々
私たちは夜を共にしたことはない
だってただの継子だから