第32章 世界で一番大切な"ただの継子"
花火大会の当日、私はお茶を淹れると其処に血を混ぜた。調合記録を見ると其処に血を混ぜると書いてあったので人知れず懐に忍ばせてあった小刀で指を軽く切って入れた。
思い出すことなどないとは思うけど念のため宇髄さんの湯呑みには少しだけ多めに入れる。
薬や血の匂いを隠すため、苦みが強い茶葉を買ってきていたのでこれで大丈夫の筈。
此処から先は運だった。
気付かれたら一巻の終わりだ。
幸いなことにお茶うけの西瓜があったせいか、皆そこまで気にせずに飲み干してくれたが、空になった湯呑みを見ると急に寂しさに包まれた。
花火と言うのは鎮魂や慰霊の意味を持つと言う。
できればこんなことをしてしまった私に対する怒りもお鎮めくださいなんて言う都合の良い想いも出てくる。
どんなものかも分からず彼に連れられて行く先々にたくさんの出店が出ていて束の間の癒しをもらえた。恋人同士の最後の逢瀬としては贅沢すぎるほど穏やかで幸せだった。
射的で玩具の指輪が目に入ったのはただの偶然だ。別に指輪が欲しいわけではなかった。其処に付いているキラキラとした作り物の輝きが明日からの自分に見えて選んでしまった。
明日から暫くの間、私はきっと作り物の笑顔を並べ立てて彼らと接することになる。
三人の元奥様達と仲睦まじい姿もこの目でちゃんと見ないといけない。
そんな自嘲した理由だったのに宇髄さんは申し訳なさそうに「指輪を買ってやらなくて悪かった」と詫びてきたので慌ててしまった。
そんな風に思われるなんて思ってもいなかった。
宇髄さんから指輪をもらいたいだなんて一度も思ったことがなかった…というか、考えたこともなかったので謝られること自体が驚きしかない。
でも、そんな風にいつだって私との未来を真剣に考えてくれていた宇髄さんが大好きだった。
唯一、私の中で自信を持てることは一度だって宇髄さんの気持ちを疑ったことがないこと。
それほど彼には愛してもらったし、これ以上ないと言うほど幸せにしてもらった。
今度は私がその分を返す。
私との未来よりももっと幸せな未来を彼に取り戻させる。
それが私のできる最後の愛だ。